第126話

文字数 780文字

「ぜんぜん驚いてくれてない」

 照れ隠しについ、また子供じみた言い方をしてしまう。遊さんは私の気持ちなんかお見通し、というように小さく微笑んだ。

「真琴は絶対合格すると思ってたから。あ、そういえば」

 何かを考えるように、遊さんの視線が遠くに向けられる。

「あいつはどうだったの?」

「あいつ?」

 よくわからなくて。遊さんを見つめると、そっと私に視線を戻して苦笑した。

「……ほら、名前なんだっけ。真琴の幼馴染」

「もしかして陸?」

「うん、そう」

「陸は一般受験でちがう国立医学部受けるの。めちゃくちゃ難しいんだよ」

「ふーん」

 遊さんが視線を下に向け小さく呟いた。

「やっぱりあいつも医者になるんだな」

「え?」

「いや。なんでも」

 何事もなかったみたいに静かに微笑む感じ。他の人からみたら、些細なことで感情なんか動かされない人に見えてしまうかもしれない。でも私は、彼がそうじゃないことをもう知っている。

 冷たくみえる表情の裏側に秘めている遊さんの気持ち、想い、痛み、優しさ。愛情。溢れてくるいとおしさが、身体の内側から出口を探してどうしていいかわからぬほどに、こみあげてくる。それは解放してあげないと痛いくらいに私のなかで勢いを増して暴れている。

「遊さん」

 私を見て、なに? というように瞳を細める人。言わずにはいられない。

「すき」

「……え?」

 うっすらと彼を覆っていたクールな雰囲気が消えた。大きく見開かれた瞳に、もう一度伝える。

「遊さん、すき」

 彼はしばらく私を見つめていた。まるで何か大事なさがしものを私のなかに見つけようとしているように。それから純度の高いハチミツみたいな透明でやさしい笑顔が遊さんの顔に広がっていく。目が離せない。

「……先に言われた」

 彼の唇が甘くそう形作るのを見た瞬間、不意に思い出した。まだ遊さんと仲良くなれていなかった頃。私は私と賭けをしたことを。
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