第35話

文字数 830文字

「開店準備の邪魔しちゃうから、大丈夫。ほら、ペットボトルもってきたし」

 そういって半分くらい飲んだ紅茶のペットボトルを見せると、貴大さんがすかさずツッコミをいれた。

「お客さん! 持ち込みは困るんですよ。なにかオーダーしてくれないと。アルコール以外でご注文どーぞ」

 どうせ金なんか取らないくせに。そう苦笑する俺の前で、真琴は姪っ子らしく嬉しそうに笑って、じゃあ、オレンジジュースと遠慮のない口調で答える。貴大さんも微笑んで、ハイハイちょっと待っててね、そう言って冷蔵庫に向かう。無邪気に身内に甘えることができる真琴が、少し羨ましい。そんなことをぼんやり考えていてら、ハッとした。いきなりその場に取り残されてしまった俺たち2人。やや気まずい空気が漂っていることを不意に意識してしまう。微妙にピンと張った空気に、先に小さく穴を開けたのは真琴だった。

「こないだはいきなり会って、びっくりしちゃった」

 真琴に視線を向けると、彼女は下を向いたままだった。なんだろう、この距離感。今まで気にしたことなどなかった。そんなものを感じたら、自分からも距離を取る、それだけだった。気まずい空気に、俺も針をさすようにそっと言葉を差し込む。

「ああ、俺もびっくりした」

 真琴は俺の声に引っ張られでもしたように、顔をあげた。目があうと戸惑うように、ゆっくり口を開いた。

「びっくり、というか、遊さん怒ってなかった?」

 恐る恐る聞いてくる真琴に、つい苦笑が溢れてしまう。

「何で怒るんだよ。怒る理由なんてある?」

 真琴はどこか腑に落ちない表情をしてこちらをみている。貴大さんにも口下手と言われてしまったし、やっぱり知らないうちに、人を傷つけてしまっているのかもしれない。言葉を探す。

「俺が不機嫌に見えて、それを気にしていたのなら、ごめん」

 真琴は大きく瞳を見開いたあと、ふにゃりと表情を崩して、満面の笑みを浮かべた。なんだか可愛いな、とごく自然にそう思った自分にまた、笑ってしまうしかない。

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