第123話

文字数 705文字

 気持ちを落ち着かせるために、いつもお守りみたいにもっている手紙を、カバンから取り出す。1番最初に遊さんから貰った手紙。何度も何度も読んだから、便箋が少しクタクタになってしまっている。

『真琴へ』

 甘酸っぱくて優しくて。安心してしまうのに、なぜか涙がでてしまいそうになる感じ。
冒頭を読んだだけで、最初に読んだときと全く同じ感覚が胸のあたりで瞬く。

『手紙読んだよ。忙しいなか、書いてくれてありがとう』

 遊さんは、普段の口調よりも柔らかい文章を書く。スマホでメッセージをやり取りしているときよりも、手紙のほうがそれをより強く感じる。内面はとても繊細で、優しいひと。手紙を読むのは、そのことを再確認をしているみたい。

 字体はすこし斜めで尖っている。普段ちょっと(はす)に構えている遊さんと同じ。一字一字みると、どこかアンバランスなのに、1枚の紙のなかに収まると、不思議に調和していて、とても綺麗。遊さんのもつ美術的なセンスなのかもしれない。指でなぞりながら文字を追う。そしてやっぱりいつものところで、指が止まってしまう。

『……手紙なんて書いたことなかったけれど、何度でも書くよ。真琴が受け取ってくれるなら。読んでくれるのなら。こんなふうに思うのは真琴しかいない。他には誰もいない』

 思わず目を閉じる。好きだとか。そんな直接的なことは書いていない。だけどどうしてこんなにも、遊さんの気持ちが胸に響いてくるだろう。私の心に流れ込んで、溢れてくるのだろう。

 遊さんを信じるとか、信じないとか。そんなことはもう、どうでもいい。この人が私を想ってくれるなら、もうそれでいい。その時だった。いきなり手首を掴まれたから、慌てて目を開けた。



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