第94話

文字数 736文字

「り、陸! なにしてるの!?」

「俺、大人じゃないっていったでしょ」

「大人じゃないのと、いきなりこんなことをするのと、どう関係があるの?」

 陸の胸に手のひらをあててぐいぐい押して、離れようとしたけれど、力が強くてどうすることもできない。腕のなかでジタバタともがいていると、陸がくすりと笑った。

「大人じゃないから、真琴が弱っている隙にこうして抱きしめてる」

「え……」

 陸のてのひらが私の背中をとんとんと優しくノックするように柔らかく叩く。

「真琴も力、抜いて。そんなコチコチになっていたら逆効果。こうしてハグしていると、気持ちが落ち着いてリラックスできるらしいよ。そりゃ、知らない男にいきなりこんな事をやられたら、そうやって逃げなきゃダメだけどさ。俺ならいいでしょ」

 笑いながらそう囁かれたら、力も抜けてしまう。胸に当てて突っ張っていた手もだらん、と下におろす。その間も陸はとんとん、と背中を優しく叩いてくれていた。

「それとも。真琴はいやだ?」

 顔は見えないけれど、私の反応を窺うような声の響き。懐かしいおひさまみたいな匂い。身体は大きくなってしまったけれど、陸が纏うこの柔らかな空気や匂いは変わらない。息を吸ったあと、陸の肩にそっと顔を載せた。

「……イヤじゃない、かも」

 こうして懐かしい体温や匂いに包まれていたら、ささくれだっていた心が勝手に凪いでしまう。癒されるっていうのはこういうことなのかもしれない。

「でしょ? だからギブアンドテイク」

 陸は笑いを含んだ声でそういって、背中をトントンと静かに叩き続けた。それからしばらくして。ふと手を止めた。

「真琴」

「うん?」

「俺を利用しなよ」

「え?」

 利用する、という言葉の響きに驚いて顔をあげると、陸も至近距離で私を見つめていた。



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