第44話

文字数 767文字

「いいだろ、別に。手をつないだって」

 喋り方も今までの陸とは違い、どこか粗っぽくて、知らない男の子みたいでどぎまぎしてしまう。

「あの……陸、どうしたの?」

 少し不安になってたずねると、彼はようやく立ち止まって私を見た。いつもの無邪気なものではなく、淡い愁いと熱を溶かしこんだ瞳に息を飲む。

「俺、やめたから」

「お、俺? やめた?」

ずっと”僕”と言っていた陸が”俺”と言うと、どうしたって違和感しか感じない。そのうえ何を言っているのかもわからない。動揺して、マヌケな顔をしていたのだと思う。
瞳を緩めると、からかう様に微笑んだ。

「真琴が俺だと思っている、陸を演じるの、止めた」

「え?」

 そう説明してくれた笑顔はいつもと同じなのに、纏う空気が微妙に違う。そんな陸を、ただただ見つめるしかない。

「泣きながら真琴の後ろを追いかけていた小さい頃の俺と、今の俺は違うよ?」

 陸は手首を掴んだまま、そっと私の顔を覗きこんだ。動揺が伝わったように、細めた瞳が、いたわるようにこちらを見つめている。その表情もどこか大人びていて。こんな表情をする陸なんて知らない。

「真琴はずっと、俺のことを弟みたいに思っていたのかもしれないけど」

 陸は言葉を選ぶようにゆっくり話し続ける。

「実際、幼稚園や小学校低学年の頃は、真琴が俺を守ってくれてたよね。転んだり、誰かに泣かされたら、1番に駆け寄ってきて、助けてくれた。大丈夫だった? なんていって、頭まで撫でてくれてさ。いつの間にか役割が、姉と弟みたいになってたんだよな」

 陸は優しく笑う。小さい頃の私たちを愛おしむように。

「嬉しかったけど、それと同じくらいの分量で……」
 
 そこでいったん言葉を切ると、まっすぐ私を見つめたまま口を開いた。

「……大きくなったら、今度は俺が真琴を守るって、ずっと思ってた」

「陸……」

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