第83話

文字数 945文字

「……今K駅近くの居酒屋だから。20分くらいでつく。そこで待ってろ」

『うん』

 電話の向こうでホッとしたような気配が伝わってきた。

『遊』

 最初より緊張が和らいだ声が俺を呼んだ。

「なに?」

『……ありがとう』

「どういたしまして。今度おごれよ?」

 あえてくだけた調子でそういうと、電話の向こうの声がクスリと笑った。

『うん、おごるよ。コーヒー』

「コーヒー?  いつも持ってきてるヤツかよ」

『ウソ。ちゃんとおごる』

「コーヒーでいいよ。じゃあ、あとで」

『うん、待ってる』

 電話を切って、ひとつため息をついたときだった。

「おーおー。彼女と電話?」

 うわっと、声をあげて振り返ると、佐藤がニヤニヤしながら後ろに立っていた。

「……それより悪い、ちょっと用事できたから帰るわ。会費3000円だっけ?」

 そういって財布から金をだすと、佐藤が受け取ったあと、困ったように眉を下げた。

「えー。女の子たちから、お前の便所が長いから、なにしてんのか確かめてこいって言われて見に来たのに」

「普通なら、腹壊してんじゃないかって心配するとこだろ。なんだよ、その確かめるって」

 苦笑する俺に、佐藤も肩をすくめてみせた。

「イケメンは腹なんかくだしたりしないって、あかりが力説するからさ」

 その言葉に思わずふいてしまった。

「おかしいだろ、それ」

 佐藤は笑っている俺の顔をまじまじとみたあと、穏やかに笑った。

「お前、ホントに雰囲気変わったよな。マジで彼女ができただろ?」

 興味本位というより、どこかのオヤジみたいにしみじみいう佐藤に、俺もなんとなく答えてしまう。

「うーん、彼女はいないけど。……好きなコならいるよ」

 佐藤は軽く目を見張ったあと、楽しそうに笑った。

「お前にそう言わせるなんて、相当いい女なんだろなあ。色っぽい包容力のある年上女子?」

 まさか女子高生とは言えず、笑いを噛み殺していると、奴は俺の肩を叩いた。

「まあ、察した。みんなには適当に言っとく。次のクラス飲みも来いよ?」

「わかった。悪いな、よろしく」

 そのまま佐藤に手を振りトイレからすぐ店の外にでて、駅に向かった。歩いていたら、真琴にメッセージを送る途中だったことを思い出す。何故か真琴のどこか困ったようにこちらを見つめる表情がアタマの中にうかんで、ゆっくり消えた。
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