第95話

文字数 762文字

「なにいって……」

 陸は身体を少し離して、私のことを覗きこんだ。

「コレをいったら、真琴が怒るってわかっているけど……。言ってもいい?」

 その表情は、意地悪をいう時のものでも、優しい時のものでもなかった。本気で何かを言おうとしている時独特の、強い眼差しをしていた。

「……もう言うって決めているくせに」

 口を尖らせてそう呟くと、険悪になりそうな空気を緩めるようにふわりと微笑んだ。昔からこういう時にみせる笑み。

「その笑顔、ズルいよ」

「ズルいって言われても」

 陸は苦笑しながら、それでも口を開く。

「真琴さ、あいつに合わせようとしてムリしてがんばって、苦しくない?」

「……別に頑張ってないし、苦しくなんてない」

 つっけんどんにそう答えたけれど。苦しいと言われたら、そうなのかもしれないとも思ってしまう。多分、自分でもよくわかっていない。さっき遊と雫さんをみて逃げ出したのも、2人が似合いすぎていて、引け目を感じてしまったから。

 私がもっと大人だったらよかったのに。もっと遊さんとの距離が近かったらいいのに。色々な言い訳の束が、見えない壁になって、立ち竦んでしまった。だからやっぱり苦しくて、それでも遊さんを想う気持ちは仄かに甘くて、ほんの少し焦げたみたいに胸を痛くする。

 そんな感情を説明しろといわれてもうまくできない。でも陸には、私の感情の揺れがわかっているみたいだった。見つめる瞳は少し困ったように揺れた。

「さっき泣いていた理由、聞かないけど。でも、ひとつ言わせて」

 陸はそこで大きく息をついた。

「真琴、あいつといたら、これからもそうやって苦しくなることがあると思うよ。もちろん、誰と一緒にいたって苦しくなることは、あると思うけど。だけど俺だったら……」

 そういってもう一度、私を柔らかくハグすると、囁くような小さな声で呟いた。
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