第124話

文字数 772文字

「これ、俺の書いた手紙だよね。読んだら捨ててって書いたのに」

 目をあけたら大好きな人のすこし困ったような笑顔が、目の前にあった。産まれたばかりの雛鳥みたいに、その笑顔は私のココロの1番大事な場所に刷り込みされてしまったみたい。だってこんなに安心できて、嬉しくて。どこまでもくっついて歩いて行きたくなるのだから。

 ほんの少し細められた瞳。初めて会った人ならたぶん気づかないくらの微妙なニュアンス。でも私にはわかる。遊さんは少し照れている。そう思ったら、アクセルを踏み込んだ車みたいに、どんどん気分が高揚してしまう。

「だってだって。遊さんの手紙、私のお守りだから。捨てられるわけがない」

 久しぶりに会ったら、なんて言おうかって考えていたのに。ちっともかわいくないうえに、変にうわずった声で、下手したら喧嘩腰に聞こえてしまうような生意気な感じでそう言ってしまう。

 でも遊さんも、私のことなんかわかってるというように、からかうように眉を寄せて笑っている。

「お守り。……じゃあ妥協する。捨てなくてもいいけど、読み返すのだけは頼むからやめて。恥ずかしすぎる」

 わざと拗ねたようにそう言うから。なんだかおかしくなってクスクス笑ってしまう。

「持っていたら読み返したくなるよ!」

「じゃあ、捨てろ!」

 掛け合いみたいな感じになって、ふたりで一瞬顔を見合わせてから、同時にふき出してしまった。私たちの笑い声は、街のざわめきにゆっくり溶けていって、いつの間にか白い息と沈黙だけになっていく。遊さんは私の手首を掴んだまま、じっと私を見つめている。

 遊さんの手のひらの熱が掴まれた手首から、私の中に流れ込んでくる。まるでそこが心臓になったみたいに脈打っている。熱い。ドキドキしすぎて苦しいのに離してほしくない。

「真琴」

 そっと沈黙を破ったのは、とても真摯な響きの声だった。
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