第61話

文字数 812文字

 私が子供だから、余計なことばかり考えちゃうのかな。それとも遊さんが大人だから『猫』に唇を噛まれるくらい、どうってことないことなのかもしれない。

「何か考えてる?」

 顔を覗きこまれたから、慌てて首をふる。

「別に……なんにも考えてない、よ」

 目が合って。遊さんはまじまじと私を見つめたあと、少しだけ困ったようにみえる笑みを浮かべた。

「言ってる言葉と、表情がそこまで違うとなあ。真琴って嘘つけないよね」

 そういわれたら、対抗手段はもう拗ねるしかない。

「……遊さんはズルイ。いつもポーカーフェイスだから」

 遊さんはゆっくり瞳を見開くと、小さく首を振った。

「そんなことないよ。真琴にはかなり素を見られてる。真っ直ぐこちらをみているから。嘘なんかつけないなって」

 そう言ってくれる言葉には、不思議な説得力があって、なにも言えなくなる。確かに嘘なんかついているようにはみえない。不安になったり余計なことを考えたら、見えなくなってしまうものがあるのかもしれない。

「……またなんか考えてる」

 そう言って彼は笑った。目を細めて穏やかに笑う感じ。確かに前はこんなふうに無防備な笑顔を見せてくれたりすることはなかった。つられて、えへへって一緒に笑っていたらネコのことなんかどうでもよくなってきた。遊さんがスマホに視線を落としてあっ、と呟いた。

「真琴、そろそろ塾にいく時間じゃない?」

「え? あ! ホントだ」

 時間の経つのが早すぎて悲しくなってしまう。

「俺もLampoに行く時間だから、塾まで送ってあげられないけど」

 慌てて首を振って立ち上がった。

「大丈夫。すぐそこだもん。遊さんこそ、わざわざここまで来てくれてありがと」

「どういたしまして。気をつけていって」

 遊さんも立ち上がる。身長が高いから、向かいあって座っていた時よりも、距離が離れてたように感じてしまう。それが余計、この時間の終わりを意識させて。無意識のうちに遊さんの袖口を掴んでしまった。
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