第111話

文字数 954文字

 思い出した。陸と模試の点数で勝負をしていたことを。私が勝ったらケーキを奢って貰う約束で、陸が勝ったら……なんて言ってたっけ。

 結果が出た直後はもちろん、賭けをしていたことは覚えていた。でも私の点数はイマイチ。負けは濃厚だったし、なにより遊さんと雫さんのあのシーンを見てしまったショックもあって、自分から負けを認めに行く気力もなかった。陸からも全く反応がなくて。もしかしたら忘れてしまったのかも。そう思ったら少しホっとして、そのままにしていた。

「覚えてたんだ……」

 すっと爽やかな笑みを浮かべてみせたから、嫌な予感しかしない。

「覚えてるに決まってる。いつ言おうか、タイミングを見計らってた」

「自信満々だなあ……」

「だって俺、A判だったから」

「A?! すごい。私Cだったからやっぱり私の負けだけど…」

 勝負以上に、その成績にびっくりする。A判定なんて現役だと滅多にでない。良くてB、そこそこの成績だとC判定になる模試だから。

「真琴がなんでも言うこと聞いてくれるっていうから頑張った」

 そういって楽しそうに笑ったのをみて、あせってしまう。

「私、なんでも言うこと聞くなんていった?」

「言いました。そこも忘れるとかナシだよ」

 ほんの少し、拗ねたように口を尖らせる。陸はウソをついたりしない。私は大きくため息をついた。

「そんなに模試の結果がよかったのに。どうしてすぐに言わなかったの?」

 その横顔を見つめると、うーん、と唸って私をちらりと見た。

「真琴がきつそうな時に、賭けの話をするのもなんだかなって思って。多分俺の勝ちだし」

 さらっとそういうところに少し腹が立つものの、ちゃんと私の様子を見ているところが陸らしくて、つい笑ってしまう。

「……なんか色々ムカつく」

 陸は瞳を細めて私を見つめて。それから不意に真面目な顔になった。

「今だってきつそうだけど、敢えて言うことにした。……俺が勝ったんだから……聞いてくれるよね?」

 いつもより硬い声のトーンに、思わず身構える。

「うーん、とりあえず言ってみてよ」

 陸はすうと息を吐いて、なぜか空を見上げた。反射的に私もつられて上を見る。夕暮れの太陽が絞りおとした橙の光に染まった空。西日が強くて視界を滲ませる。目を細めたそのとき、横から小さな声が聞こえた。

「あいつのこと、忘れて」


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