第106話

文字数 837文字

 ずっとずっと考えている。遊さんから電話を貰ったあの夜から。

『俺にとって一番大事な女の子だよ』

『俺は真琴のこと、好きだから』

 遊さんは、はっきりそう言った。

 声からはいい加減な感じとか、ノリで言っているようには聞こえなかった。いつもどおり淡々と……ううん、いつもよりも熱っぽい声だったような気がする。

 じゃあ、どうして雫さんとキスしていたの? 正確に言えばされていた、が正しいのかもしれないけれど。それともキスされるくらい遊さんにとってはあたり前、とか?

 彼氏どころか、男友達なんて陸しかいない私には、それが常識なのか、そうじゃないのか、なんてわからない。まっしろな布に染みがぽとりと落ちて広がり、それを呆然と眺めている気分。そう。遊さんはさらさらの白い布みたいな人だと思っていた。真っ白で、誰もよせつけない厳しさとクールさがあって。でも綺麗で、清々しくて優しい。

 だけど雫さんにキスされている遊さんは、微笑んでさえいた。それを見た瞬間、大事すぎて触れることさえためらっていたその白い布を、汚されてしまったような気がしてしまった。

 あのシーンを思い出すたびに、悲しくて、胸が痛くて、苦しくなる。あの時。電話をくれた遊さんに会ってしまったら、怒りとか嫉妬とか、めちゃくちゃな感情をぶつけてしまったかもしれない。それでも。時間が経つにつれて、あのキスは何かの間違いだったと思いたい自分もいる。

 いつもクールな遊さんが、一生懸命さを隠すこともせず、私に会おうとしてくれていたのだから。1番大事だって、好きだって言ってくれたのだから。でもでも。私みたいな子供は遊さんと、釣り合いがとれてないっていうことも、わかりすぎるほどわかってる。

 プロのモデルさんをしているという雫さんと遊さんは、めちゃくちゃお似合いだったから。今日何度ついたかわからないため息を、ついてしまう。

「ほら。またぼぉっとしてる」

 頭をポンと軽く叩かれて顔をあげた。横の席に座っていた陸が、苦笑しながら私をみている。

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