第47話

文字数 852文字

 ずっとずっと弟みたいだと思っていた幼なじみが、いきなり男の顔をして、私のことを好きだという。嬉しい、という気持ちよりも、動揺の方が大きくなってしまう。周りを囲っていた壁がどんどん崩されていって、ちっぽけな、それでも居心地がよかった世界が侵食されていく不安。

「そんなこと、急に言われても分からないよ……」

 アタマがぐちゃぐちゃで、涙まで出てきそうになって。思わず陸の手を振り払ってしまった。ハッとしたけれど止められない。陸がどんな顔をしているのか。それすら見ることもできず、早足で歩き出してしまった。早足が小走りになり、駆け出す。涙がぽとりと一粒、目からこぼれたのを慌てて指先で拭った。腕を掴まれたのはあっという間だった。

「バカ。駅のホームで、そんな勢いで走ったら人をつきとばすぞ」

 陸は足が早い。私なんかよりもずっと。だから追いつかれるのも当たり前。しかも、昔は天使みたいな顔でいつもニコニコしていたくせに、大きくなった今は真顔で、結構酷いことを言っている。

「……あのね! 普通そこは、真琴が人にぶつかって線路に落ちでもしたら大変だから、気をつけろ、でしょ!」

 涙目のままで睨む。陸は瞳を見開いて私をじっとみつめたあと、ふわりと表情を崩した。

「だって真琴、イノシシみたいな勢いで走るから」

「イノシシってなにそれ。頭くる!」

 マンガみたいな地団駄を踏んでしまう。まるで幼稚園児。だけど自分でもおかしなくらい感情が荒ぶって止められない。ちょっと真琴、落ち着いて、と言われ背中をぽんぽん叩かれる。そうしていたら昔、陸と喧嘩していた時と全く同じ状況になっていることに気づく。

 それは私だけじゃなく、陸も同じだったみたいで。ふたりして既視感(デジャヴ)にとらわれ、一瞬静止した。それから、昔と同じような笑顔と口調でいった。

「真琴ちゃんごめんね。怒らないで」

 喧嘩したら陸がいつも先に、そう言って謝ってくれていたことを思い出す。一瞬間が空いて、2人同時に吹き出してしまった。緊張していた空気がするすると緩んでいく。



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