第92話

文字数 817文字

 その手のひらを見つめたまま、首を傾げる。

「なあに?」

「手を繋いで帰ろ。昔みたいに」

 そう言って笑った陸は、昔から馴染んだ天使の微笑みではなく、17才の男の子らしい照れたような笑みを浮かべていた。

「真琴が泣いたあとは、よく手を繋いで帰ったよね?」

 小さな頃は確かにそうだった。喧嘩したり転んだり。嫌なことがあって大泣きした後は、陸は必ず手をそっと握ってくれていた。

「小学校に入ったあとは、手なんて繋がないって陸がいったくせに」

 最初にそう宣言したのは陸だった気がする。照れ隠しも手伝ってぶっきらぼうにそう言ったのに、陸は堪えるどころか、ニヤリと笑った。

「小学生の時はムリだよ。誰かにからかわれたんだと思う。…‥俺がやめるって宣言したなら、それを解除するのも俺でいいよね?」

 反論しようと口を開きかけたら、ガシッと手のひらを握られた。

「文句言わない! ほら行くよ?」

 陸は有無を言わさず、私を引っ張って歩き出した。その手のひらは昔とかわらずやっぱり少し熱かった。もう何も言わずしばらく陸に引っ張られるまま歩く。

 心はまだ痛い。だけど血を流すような急性の痛みは落ち着いて、胸がうずくような感覚に変わっていた。落ち込んでいたり、悲しかったり。そんな時に、こうして気遣ってくれるひとの体温を感じることは、癒されることなんだと、今更ながら気付く。

「陸……」

 もうすぐ家につく、少し手前の公園のところで声を掛けると、陸は歩みを止めた。

「ん?」

「私も少しは陸の力になれていたのかな」

「いきなり何それ」

 不思議そうに私を見る陸に、苦笑を浮かべてみせたあと、視線を上に向ける。

「考えてみたら、小さい頃から陸に助けて貰ってばかりだなって……」

 葉をたっぷりと生い茂らせた木々が風に揺れているのを見つめながらつぶやく。頬を撫でる風は、夏の空気を含んで生ぬるい。いきなり腕を強く引き寄せられた。びっくりして見上げると、至近距離から陸にじっと見つめられていた。

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