第115話

文字数 764文字

 手を離されて。気がつくと街中から少し離れた公園にいた。あたりはもうずいぶん暗くなっていて、公園にいる人はまばらだ。目の前で黙って立っている陸に視線を戻す。

「ね、陸。あの……ホントに……するの?」

 キス、といえなくて。もごもごと、そうたずねたら、陸は目元を緩めて笑った。いつもの笑顔に戻っていて、少しだけ肩の力が抜ける。

「やっぱりさ。さっき人ごみのなかでも、キスしといてもらえばよかった」

「え?」

「歩いていたら、頭が冷えてきた。冷静になってくると、勢いが削がれる」

 その言葉にホッとして、つい気が緩んでしまった。

「そうだね。勢いがないとね」

 言った瞬間、不用意な言葉だったと気づく。けれどそう思った時にはもう、陸が片方の眉をあげて私をみていた。それは陸が何かに強く反応したときに見せる癖だった。

「真琴さ」

「……うん」

「それって、勢いがあれば、俺とキスができるって言ってるの?」

 反射的に、あ……と、すごく情けないような声を出してしまった。私のその声が合図になったみたいに、陸が背中に手をまわしてきて、あっという間に腕の内側に閉じ込められてしまった。

 一気に近くなった距離。私たちの間にある空気の密度が急に高くなったのを感じて、思わずごくり、と息を飲む。

 顔をあげたら、たぶんものすごく近くに陸の顔がある。だから下を見ているしかない。お互いの体温や息遣いまで感じるこの距離の中にいると、おちつかない気持ちそのままに、心臓が鼓動の速度をあげていく。

 なんだろう。おかしい。小さな頃からずっと一緒にいたから、近くにいたって全然気にならなかったのに。吐息をつきたかったけれど、それも近すぎて、ためらってしまう。
とにかくもう少し距離を取りたくて、陸の胸のあたりに手のひらをついて押そうとしたけれど、陸はびくともしないから身動きがとれない。
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