第32話

文字数 711文字


「貴大さんにとって、真琴は大事な姪っ子ですよね?」

「もちろん。めちゃくちゃ可愛がってきたし、 今も可愛がってる」

 じっと貴大さんを見る。俺の冷えた視線にも、貴大さんはたじろぐ気配がない。実の母親にすら時々、この子ゾッとするような表情(かお)をする、そう言われたのに。この人は最初から俺がどんな顔をしても、全く動じる気配がなかった。

「……俺ってどこの馬の骨だか分からない男ですよ? そんな奴と可愛い姪っ子をくっつけようとする叔父さんって有り得なくないですか?」

 勝手にでてきた言葉に、本当にそうだよな、と我ながら苦笑してしまう。

「なんで馬の骨なんだよ。もう1年経つだろ。 一緒に仕事して、お前のことをほぼ毎日みてきたし」

 貴大さんは俺の言葉を咀嚼するように視線を泳がせたあと、またこちらをみて微笑んだ。そういって笑う顔は、やっぱり優しい。貴重で、大事なものだからこそ、怖くなって壊したくなるような、馴染んだ感情が頭をもたげてくる。

「俺、貴大さんや真琴みたいな、ちゃんとした家庭で育ってませんから。俺の母親、とんでもない女で、男とっかえひっかえして、家、めちゃくちゃにしたんです。
 母親は男をおいかけて出ていって、しばらく会ってないから、どうなってんのかもう、わかりませんけど。だからその母親に似ている自分の顔、すげえ嫌いだし」

 こんなこと滅多に話さないのに。アタマのネジが緩んでしまったのかもしれない。こういうと大抵の人は引くか、哀れみが滲んだ表情を浮かべるか。そんな空気を感じるほうがまだわかり易くていいと、どこか乾いた気持ちで貴大を見つめる。けれどやっぱり彼は変わらない。静かに俺の話を、いつもどおりの穏やかな表情で聞くだけ。
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