第12話

文字数 786文字

 平然とそんなことをいう雫の前で、もう一度盛大なため息をついてみせる。
 
「……こんな寒いところで何時間も待つほどシタいって、お前ヤバイだろ」

「大丈夫だよ。超着込んで来たし」

 細身の雫ですら、かなり着膨れてみえるダウンジャケットを指さして、自慢そうに俺に見せる。だけどジャケットの下はロングブーツを履いているものの短パンみたいだ。微妙に噛み合わない会話はいつものこと。

「風邪ひくぞ」

 軽く眉をしかめてそういうと、雫は少し困ったように笑い、小さく呟いた。

「だってね。遊と寝ると暖かくて気持ちいいんだもん」

 セックスなんか、してもしなくてもどちらでとよくて、グッスリ寝たいのが本音なのだろう。どこにも色気が感じられない、まっさらな笑顔をみてそう思う。

「疲れて帰ってきて、そんな気分じゃないし。ヤリたいなら他に行ってよ」

それでも素知らぬふりをして淡々とそう言うと、不満そうに口を尖らせる。

「いつもそう言う……ホント、草食男子っていっても限度があるよね。しかも私みたいな可愛いコがここまでいってんのに」

「は? なんだって?」

「なんでもありません! ヤラなくていいです! 遊と

一緒に寝させてください」

 つい笑ってしまう。こういう、雫のわかりやすくてさっぱりした感じは楽だし、どこか憎めない。

「……とりあえず入れば?」

 鍵を開けて部屋の中にはいると、雫も当たり前のように、お邪魔しまーすと はいってくる。本当に猫みたいな女だな、といつも思う。あっという間に人の懐に入ってしまうその性格は、ほとんど特殊技能だろう。

 俺みたいなヤツが他にもいて、気分次第でそいつらの家にも泊まったりしているらしい。自分の家だってちゃんとあるはずなのに。

 ノラネコがそういう家をいくつか持っていて、ぞれぞれの家で呼ばれる名前が違うように、雫って名前も、もしかしたら本名じゃないのかもしれない。

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