第51話

文字数 834文字

「やだ、図星?」

「違うし。もうやめろ」

 手の甲で口を拭って立ち上がると、雫もすぐにたちあがった。

「あ!」

 まわりの奴らまで振り返りそうなでかい声。げんなりした気分で雫をみる。

「……なんだよ。声うるさい」

 雫はしたり顔で、ニヤリと笑った。

「遊のその表情(かお)最近みた! 真琴とその彼氏だっけ。2人と会った時だ」

 こいつは妙なところでスルドイ。じろりと睨むと、こわーいと全然怖くなさそうに笑う。

「もしかしてまたまた図星? やだー、楽しい!」

「何いってんのお前。早く帰れ」

 聞いているのか、聞こえていないのか。俺の腕に、自分の腕をしっかり絡みつけ離れない。しかも学食の外にでると、グイグイ引っ張ってベンチに無理やり座らされた。
 
「授業まで、まだ時間あるでしょ。もうちょっとつきあってよ」

 そういって雫は子供のように、足をぶらぶらさせた。ベンチの後ろにある大きな木。息苦しいくらい濃い緑の葉が、俺たちの上をすっぽり包み、さわさわと風にゆれているのを、雫としばらく見つめていた。

「遊、真琴のこと、好きなの?」

ふと雫が呟いた。

「……なにいきなり」

「答えて」

 雫は視線をこちらにゆっくりむけると、にっこり微笑んだ。ごくナチュラルに笑っている。だけどその表情はけっしてからかうものでもなく、まっすぐな気持ちのまま、俺に向けられているのがわかったから。

そういう姿勢で話してくる人間には、俺もきちんと向き合う。だから話を逸らすのは止めた。

「……好きかどうかなんて、正直よくわかんないけど」

「けど?」

「1番気になってるのは確か。今言えるのはそれだけ」

 嘘偽りもない、そのままの気持ちを答える。雫はじっと俺を見つめたあと、フニャリと笑った。

「そっか。遊が……珍しいな」

小さくそう呟いて、ぶらつかせていた足を止めた。

「ねえ、遊」

「うん?」

「ひとつお願いがあるんだけど」

「何?」

 雫の笑顔は、砂に染み込む水のように、すっと消え、俺をじっと見つめた。

「一度きりでいいから。セックスしよ?」


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