第34話

文字数 885文字

「真琴、なにしてんの? 入れば?」

 貴大さんが楽しそうに言うと、真琴は遠慮がちに、狭いドアの隙間から身体を滑りこませた。それからまるで、懐かないのに、人間が気になって仕方ない小動物みたいに警戒しながら、ゆっくりと俺たちの前のカウンターのところまできた。

「こ、こんばんわ」

 そろそろと顔をあげて俺たちを見上げた真琴をみて、貴大さんが吹き出した。

「なにその、叱られたわんこが、ご主人の機嫌を伺っている、みたいな顔!」

 貴大さんも微妙に俺と同じような印象だったのがわかって、笑いそうになったけれど堪える。

「叱られたわんこって……別に叱られてないし!」

 貴大さんにからかわれて、強気でいい返したくせに、俺と目があったとたんに、また自信なさげにカウンターに視線を落とす。そんな表情(かお)をされたら、俺も話しかけざる得ない。

「珍しいね。開店前に来るなんて」

 できるだけ冷たい言い方にならないように、注意深く話しかけてみる。真琴はパッと顔をあげた。

「あ、あの、うん、やっぱり夜、塾が終わってから寄ると親に怒られちゃうから」

 俺と目が合うと一生懸命そう答える真琴がなんだか可愛いと思ってしまった。真琴はじっと俺を見たあと、なぜか顔を赤らめて俯いた。

「ふーん。そうなんだ」

 なんでもないようにそう答えながらも、真琴の反応に少し戸惑ってしまう。

「なーんでまた、わざわざ開店前に? 遊くんにハナシでもあるのかな?」

 貴大さんがすかさず、俺が口にしなかったことを簡単にいうから、思わずふいてしまった。

「ちょっ、貴ちゃんってどうしてそういう言い方するかな。べ、別に話、とかじゃなくて、息抜き、塾の前の息抜きにきたんだよ!」

 貴大さんはそんな真琴の反応に、慣れきっているから、文句を言われてもいつも通り、いやそれ以上に面白そうに笑うだけ。

「なんだってさ、遊」

 そういって俺にウィンクしてくる笑顔は、オッサンのくせに、やっぱりアイドルみたいにハマりすぎててつい苦笑してしまう。

「なんか飲む?」

 とりあえず話題を変えようとそうたずねると、真琴は一瞬固まったあと、ブンブンと結構な勢いで首を振った。
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