第17話

文字数 802文字

 受験勉強がしたくなくて甘えている高校生、そんなキツめなツッコミを入れるのはいつものこと。俺に気があって、構ってくる女なら、軽く拗ねるか、甘えるように受け流すか。

 だけど真琴は違った。楽しげな表情がゆっくりと曇って、俺を見上げた表情に息を飲んだ。それは何かに苦しみ、けれどなんとかそれと戦おうと、もがいている人間の顔だったから。

 恵まれているはずのこの子が何故、こんな表情(かお)をするのだろう。あの時もやっぱり、抱きしめたくなる衝動が湧き上がってきた。けれど貴大(オーナー)さんの姪っ子である女子高生に、そんな事をする訳にはいかない。

 それでも気がついたら、頭を撫でてしまっていた。見上げてきた嬉しそうな真琴の表情が、瞼に浮かび、吐息をつく。そんな事を考えているうちに、いつの間にか寝てしまったらしい。

  夢にまで、リュウグウノツカイがでてきた。
俺はなぜだか海の上を飛んでいて、その泳ぐ様を上から眺めていた。ゆったりと優雅に泳ぐリュウグウノツカイは、酷くリアルで、美しかった。

その時だ。リュウグウノツカイが頭をあげたのは。その顔はなぜだか深海魚ではなく、龍だった。上を見上げた龍と俺の視線がカチリとあった。悲しげで憂いを帯びながらも澄んだ瞳。真琴の瞳と全く同じだった。はっとした。

一気に体が落下しはじめて、ガクッと体が震え、目が覚めた。外はすっかり明るくなっているようで、朝の眩しい光が、安物のカーテンを簡単に通り抜けて、部屋を満たしていた。

 けれど俺の意識をしっかり覚醒させたのはジュージューと何かが焼ける音と微かに焦げた匂いだった。慌ててガバッと体を起こした。雫の背中が台所の前で見えて、慌てて声をかける。

「ちょっとお前、何やってんだよ?」

 雫が以前料理を作ったら、台所がとんでもない惨状になり果て、それ以来、コーヒーを淹れる以外は触らせないことにしていた。振り返って俺の様子を見た雫が、呑気に笑った。

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