第5話

文字数 951文字

 通学路にある梅の花がポツポツさきはじめたけれど、夜はやっぱり寒い。しかも雨まで降りだしたから、手袋をしてないと指先が凍りそう。それでも遊さんがしていないのに、私だけするのはなんだか申し訳ないから、ぎゅっと手を握りしめて、冷たさをやり過ごす。

 傘をもってくれている遊さんの手。骨ばった指は、繊細な顔だちとかなり印象が違う。意志が強そうな大きな手。ぼんやりとみつめてしまう。もし、その手を握りしめてみたら、どんな顔をするのだろう。私の氷みたいに冷たい指先が、彼の体温に溶けて、暖かくなっていく感触を想像しただけで、勝手にドキドキしてしまう。ちらりと横を歩く遊さんを見上げた。

 予想どおり無表情な横顔。何を考えているか、よくわからない。そもそもお店でもあまり話をするタイプじゃない。私から話かけなければ、無言のままで駅についてしまいそう。あと五分くらいで駅。せっかく貴重な時間を貴ちゃんが作ってくれたのだから、無駄にできない。

「遊さん」

「なに?」

 前をみたまま答える横顔は、なんの感情も見えない。機嫌が悪いのかどうかもわからない。それでも少し、怒っている様に見えるのは気のせい? 遊さんにとってオーナーである貴ちゃんのお願いは、仕事で義務。そんなふうに思いついたら、浮き立った気持ちは、濡れたアスファルトにポトリと落ちて滲んでしまう。

「仕事中なのに、送ってもらったりして……。貴ちゃんから頼まれたら断れないよね」

 ぴたり、と歩みが止まったから。視線を上に動かす。遊さんと目があったけれど、やっぱりいつものように、スイとすぐに視線を逸らされてしまった。

「まあね。貴大さんから頼まれたら、ね」

 さらりといわれたその言葉は、ひやりと冷たいものを耳に残して消えた。

「ごめんなさい。仕事の邪魔して……」

 へこんだ気持ちがそのまま声になってでてしまった。ちょっと間が空いたあと、遊さんの、いや、と柔らかな声が上から落ちてきた。

「へーき。今日混んでないし、外の空気を吸えたからよかったよ」

 そっと見上げた彼は、やっぱりいつもどおりの表情(かお)。それでも。少しキツイことをいった後、手のひらでそっと温めたような温度の声でフォローしてくれるのも、いつもの遊さんだ。それがどんなに私の気持ちを掻き回しているのか、わかっているのかな。

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