第65話

文字数 776文字

「まあね。できるだけそうしてるよ」

 雫に唇をかまれたのを、猫にやられたと真琴に話をした事を思い出して苦笑する。

「ふーん。なんだかなあ。クールな遊くんがねえ。真琴、凄いな」

 何かを察したように目を細めて俺を見ているから、釘を刺す。

「いっておくけど。別に真琴と何があったってわけじゃないから」

「そりゃ、オーナーの姪っ子、しかも高校生にいきなり手を出すわけにはいかないよね」

 わざと大きく頷きながらそう言う雫に、つい苦笑してしまう。

「なにその、身も蓋もない言い方」

 雫はふと瞳を緩めて、静かに笑った。

「……でもやっぱり妬ける。身体を繋げなくても、そうやって気持ちって繋がるものなんだなあって見せられると」

 俺を通り過ぎて、どこか遠くを見ている瞳。普段は真夏の太陽みたいに底抜けに明るいのに。それが不意に影って、雨が降る前の空気みたいに揺れる表情を時々垣間見せる。雫も何かを抱えていて、もがいている。自分でもそれをよくわかっていて、いつも明るい自分でいようとしているのだろう。

「……よくわかんないけど。雫は雫のやり方でいいんじゃないの?  それがお前の愛情表現なら」

 励ますわけでもなく、共感でもなく。ただ思ったことをそのまま口にしただけだった。けれど雫は軽く瞳を見開いたあと、雲間から光が差し込むような、笑みをみせた。

「遊のそういうとこ、やっぱり好きかも」

「は?」

 どうしてそこで、そういうハナシになるのか。首を捻っていると、いきなり顔を寄せてきて、おどけた様子で唇を突き出してきた。

「またキスしちゃおうかなあ」

 その言葉に慌てて雫から離れる。

「ふざけるな。キスじゃなくて噛み付いただけだろ? 割と痛かったぞ、あれ」

 雫が俺の様子をみて、けらけら笑った時だった。

「あの!」

 会話に割って入るように、いきなり響いてきた声。俺も雫も同時に、声の主に視線を寄せた。
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