第100話

文字数 892文字

 店の外にでてみると、雨の谷間のようで、降ってはいないけれど、時折ポツポツと大きな雨粒が生暖かい風に乗って飛んできた。嵐のまえの静けさ。どこか落ち着かない気分にさせる天気だ。雨がまた降り出す前に、早足で駅に向かう。

 唐突なリズムで大きな雨粒が数滴、地面に打ち付けはじめた頃、なんとか駅の構内に滑り込むことができた。そのまま電車に乗り、真琴の家の最寄り駅で降りる。ポケットからスマホを取り出して電源をいれたけれど、やっぱり真琴からのメッセージは、来ていなかった。

 小さな頃から、何かを期待しないように生きてきた。母親が消えてからずっと。けれどいつの間にか、期待していたのかもしれない。真琴も俺の傍にいたいと思ってくれていることを。彼女を失うことを、こんなにも恐れてしまっている。大袈裟すぎる。つい苦笑がこぼれた。真琴はただ、忙しいだけなのかもしれないのに。

 22時50分。23時になるとリビングにスマホを置かなきゃいけないルールがあるらしいから。ぎりぎり今電話すれば真琴につながる。ためらう指先を、真琴の携帯番号が表示されている画面に押し付け、耳にあてる。

 コール音が響く。7回目のそれを聞いたとき、やっぱりだめかとため息がこぼれた。諦めて電話を切ろうとした時、スピーカーからがちゃり、と音がしたから、慌てて耳にあて直す。

「もしもし真琴?」

『……はい』

 小さな声。明らかにいつもとトーンが違う。嫌な予感が現実だったことが、その第一声でわかってしまった。それでも。ぷつぷつと泡立ちそうな感情を抑える。

「俺、だけど」

『……うん、はい』

 よそよそしい空気を含んだ声。話したくないという気持ちが滲んでいる。それでも気づかないフリをして、ごく普通に話しかける。

「どうしてるかなって思って。勉強忙しい?」

『……そう、ですね。忙しいです。やっぱり。受験までもう時間がないし』

「そっか」

 そこで話が途切れてしまう。いつもの真琴だったらどこまでも会話を繋げてこようと一生懸命に話しかけてくるのに。今はまるで巣穴にとじこもって、わずかな隙間から外敵の様子をうかがっている小動物みたいな気配が伝わってくる。


 

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