第104話

文字数 794文字

『……遊さんは雫さんのことが好きなんだね』

 真琴の、わざと明るく言う少し掠れた声を、すぐに遮った。

「雫は友達だよ。どうして雫がでてくる?」

『どうしてって……見たから』

「見た? 何を?」

『……言いたくない』

 例の親父の一件で俺の部屋に泊めたあと、引っ越しを手伝って、ひと段落ついたところだった。それまで雫と会う頻度はかなり高かったけれど、たぶんもう、それほど頻繁には会わない。ただ偶然、俺と雫がいるところをみて、真琴が不安を抱いたとしたら……?

 真琴の表情を直にみたいと、思わずスマホを強く握りしめた。

「……やっぱり。少しでも会えないかな。顔を見てちゃんと話したい」 

『……ごめんなさい。まだ、会いたく、ない』

 真琴からの初めての拒絶。こみ上げる焦り。不安。それでも真琴が

会いたくない、というなら。この先会えるチャンスはあるということなのだから。

「……わかった」

『遊さん……?』

 真琴が不安そうな声で問いかけてくる。真琴が会いたくないっていったくせに。ふと苦笑がこぼれた。どうすれば分かってもらえる?

「真琴、これだけは言わせて」

 反応はない。けれどそのまま言葉を続ける。

「さっき俺にとって真琴はなんなのか、って聞いたよね」

『……うん』

 ようやく聞こえた小さなその声を聞き取って、一呼吸あけたあと。今感じているそのままの気持ちを唇に載せる。

「そんなの決まってる。……俺にとって一番大事な女の子だよ」 

『ウソ』
 
 追いかけてくるように聞こえた震えた声。

「ウソなんか言わない。ほんとにそう思ってる」

 数秒の沈黙の後、涙が滲んだ声で真琴が小さく叫んだ。

『遊さんなんかキライ。キライだ!』

 駄々っ子みたいな口振り。目の前にいたら反射的に抱きしめていたかもしれない。そのかわりに、するりと言葉がでてしまう。

「俺は真琴のこと、好きだから」

 電話の向こうで、驚いたように吐き出された吐息が、耳に響いた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み