第53話

文字数 840文字

 雫がいたずらを見つけられた子供のように瞳を細めた。
 
「わかった?」

「雫をみてたらわかる」

 恋愛感情ということであれば、俺に対するものより、彼に対する方が遥かに大きいだろうということも、容易に想像できた。

「貴大さんだろ?」

 雫は俺の問いには答えず、ふふっと小さく笑った。

「なんでそう思ったの?」

「普段は、誰に対しても近すぎるくらい近寄って、じぃって顔みて話すのにさ。貴大さんにだけは、なぜか1メートル以内に近寄らないし、話す時も視線が変なとこ、フラフラして落ち着かないから」

 しれッとそう言ってやると、雫は瞳を見開いたあと、ブッと吹き出した。

「ねえ。遊って私のことかなり好きだよね。よく見てる」

「当たり前だろ。人として合わないと少しでも思ったら、この俺が、お前みたいな変人とつきあうわけがない」

 ぶっきらぼうにそう言ってみたけれど、雫には言いたいことはちゃんと伝わるはず。その証拠に、照れたような笑顔がゆっくり広がっていく。そのテレを誤魔化すように、さーてと、と掛け声をかけて立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ行く」

「ハイハイ。またな」

 あえて貴大さんのことは深堀りせず、あっさりそういって軽く手をあげると、いきなりその手をガシッと掴まれた。見上げると、雫がニコッと微笑んだ。

「私も真琴、好きよ。意地っ張りだからいじめたくなるんだけど、そのあとギュッて抱きしめたくなる。たまらない気持にさせる何かがあの子にはある。それから。吸い込まれそうなあの()。貴大さんによく似てるって思った」

 ちょっと会っただけなのに、ザックリながらも『真琴』を掴んでいる。

「お前ホント、ネコだな。その野生の感覚が」

 苦笑しながらそういうと、ぎりぎりまで顔を近づけてきた。大きな瞳が、心の中まで覗きこむようにみつめてくる。

「……でもズルいな。二人とも、なんて」

「は? なに言って……」

 有無を言わさず、至近距離から、雫が唇を重ね合わせてきた。逃げようがない。呆気に取られていたら、さらには上唇を噛まれた。
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