第122話

文字数 829文字

 駅の改札を出たら、勝手に足が駆け出していた。スマホがないからと新しく買ってもらった腕時計に視線を落とす。ピンクの文字盤の上で、シルバーの針は5時35分を指している。

 久しぶりのLampoまでの道のり。たんたんたん。足音と一緒にどんどん景色がうしろに流れていく。最後に行ったときは、逆方向、駅までずっと走っていたことを思い出す。思いがけないシーンを目撃してしまって、悲しくて悲しくて。あのときは夜の街のなかをひとりぼっちで走っている気分だった。

 でも今は。空気は身を切るように冷たいくせに、見慣れた夜の風景は、私の背中を押してくれているみたい。運動不足だから、走っていると心臓も壊れてしまいそう。最近あまりない早さで、私の胸を叩いている。

 ああ、でもでも。朝からそわそわして落ち着かなかったのに比べたら。こうして走っているほうが断然気分がいい。歩いて駅から10分もかかららないLampoへの道のりは、走ったらあっという間についてしまう。お店が入っている見慣れた古いビルが見えてきて、足が止まる。

 はあはあはあ。荒い息遣いが身体の内側まで響いている。12月から高校三年生は自主登校だから学校にも行かなくなって。そんな状態でいきなり走ったら、やっぱり苦しい。でもそれすら清々しいと感じてしまえる自分に、ひとり笑ってしまう。

 大きく息をついてあるき出す。一歩一歩、お店に近づく。遊さんはまだいない。手紙には18時になったらお店の外にきてください。そう書いた。貴ちゃんが手紙をちゃんと渡してくれたら来てくれるはず。

 階段の踊り場で待ち合わせしたほうが、寒くなくていいけど、雫さんとのキスシーンを思い出してしまうから、なんとなく、ううん、意地で外にした。時計を見たらまだあと15分ある。

 入り口脇のレンガ模様の壁に寄りかかってもう一度吐息をつく。きんと冷えた空気に広がる真っ白な息は、どこか熱をおびている。
もうすぐ遊さんに会える。そう思うとどうしたって興奮してしまう。

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