第121話

文字数 889文字

「真琴のところに手紙をわざわざ届けてもらって。郵便で送れば貴大さんに面倒かけないで済むんでしょうけど……」

 貴大さんはなんだ、と言って笑って首を振った。

「郵便で送って、兄さんに見られたら騒ぎそうだからなあ。真琴がなかなか(Lampo)にこれないから俺のほうから、顔をだして真琴の話相手をするって名目で、手渡しするのが一番いいんだよね。それに……」

 貴大さんはそっと目を伏せて笑った。

「ほら。義姉さんの手料理が食べられる」

 俯いた貴大さんの表情に、しんとした冬の湖みたいな張り詰めた静けさを感じて、一瞬言葉に詰まった。毒にも薬にもならない言葉しか出てこない。

「真琴のお母さんの料理、美味しいんですね」

「……そう。昔から美味しいよ。すごくね。だから寂しい独り者が美味しい家庭料理を食べれるチャンスだから気にしなくていいよ。真琴が受験の間、期間限定だし」

 貴大さんはそういってふと笑みをもらして、どこか遠くを見つめ呟いた。

「近くにいるのに、届かない距離って苦しいよな」

「え?」

 意味がわからなくて、貴大さんの顔を見た。無意識に呟いたみたいで、俺と目があったあと、貴大さんも自分の言葉にびっくりしたようだった。見開いた瞳をそっと細めて、困ったように笑った。

「ああ。お前のハナシ。会おうと思えば会える距離なのに、会えないって辛いよなってこと。……お前と俺、どこか似てるからさ。なんとなく気持ちがわかるんだよ」

 それからすぐにいつもの人懐っこい表情に戻って、漂っていたシリアスな空気を蹴散らすような明るい声で叫んだ。

「そうだ! 真琴からの伝言で、渡した手紙、6時くらいまでに読んでくれっていってた!」

「ええ?!」

 いきなりそんなことを言われてびっくりする。時計をみたら、17時50分だ。

「ちょっ……。貴大さん、早く言ってくださいよ!」

「ごめんごめん。ほら、まだ間に合うし開店前だから早く読め、ここで」

 笑いながらそういう貴大さんを軽く睨む。このタイミングで言ったのは絶対確信犯だ。
ひとつため息をついて、ポケットにしまった真琴からの手紙を取り出す。封を丁寧にはがして、畳まれていた便箋をそっと取り出した。

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