第41話

文字数 967文字

「真琴が成長するにつれて、家での口数も減って、高校生になったらもう、ほとんどしゃべらくなっちゃってさ。
 唯一、親戚のなかでも、俺には心を開いてワガママもいうからって義姉さんに頼まれて。真琴が気が向いたときに、此処(Lampo)に来るようになったんだよね。そうだな、最初は1週間に1度くらい? そこの隅の席にちょこんと座ってね。大人しくしてたなあ」

 もう買っていない筈のタバコの箱を探るように、貴大さんはポケットのなかで何度か手をモゾモゾ動かしたあと、諦めたように笑った。

「俺が学校での話を聞いたり、あと安田ちゃんとか、信頼がおける常連さんに紹介したりしてね。世界が広がったのかな。しばらくして、少しづつ表情が柔らかくなってきてさ。バーに子供を行かせるなんて冗談じゃないって、クソ真面目な兄貴は嫌がったらしいけど、普段は穏やかな義姉さんが、鬼の形相になって一歩もひかなかったって。少し話をするようになった真琴に、兄貴も軟化して、今じゃお迎え担当もしてる。なんかさ、真琴と義姉さん、顔だけじゃなくて性格も似てんだよなあ」

 そういって貴大さんは遠くを見るようにして笑った。

「そうだったんですね。何も知らなかったな……」

 ただただ恵まれているお嬢さんだと思っていた。真琴もひとり、葛藤を抱え、もがいている。そう思うと胸の奥が微かに軋んだ。

「でもさ、決定打は遊が来てからだよ。感情を仕舞いこんでいたはずの真琴が、お前の前ではもう、仮面取っちゃいましたって勢いで、表情クルクル変えてさあ。びっくりしたわ」

 その例えに、思わず吹き出すと、貴大さんはいたずらっぽく笑った。

「お前もだよ、遊。ふだんめちゃくちゃ無愛想なくせに、真琴の前だとよく笑ってんなあって思っていたんだ。それってさ、おじさんは凄いことだと思うわけ」

 貴大さんは気負いのないひと特有の、穏やかな語り口で続けた。

「そんな互いの内面まで影響する、化学反応までおこす出会いって、なかなかないから。俺はお前の倍、40年生きているけど一度しかなかった。若いからその貴重さが、今はわからないかもしれないけど。それだけは覚えといて」

 貴大さんはそれだけ言うと、俺の肩をポン、と叩いて、そのまま店の奥へいってしまった。ぼんやり眺めていた背中が見えなくなった後、思わず苦笑まじりの吐息がこぼれてしまった。


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