第22話

文字数 998文字

「あ!」

 間違いなく転ぶ! そう覚悟して目をギュッと閉じたとき、腕をびっくりするほど強い力で引っ張られた。私が身体ごと前のめりになってもビクともしない強さだった。

「あっぶな…….。真琴、しっかりつり革、掴みなよ」

 耳もとで聞く陸の声はいつもより低い。恐る恐る目を開くと、心配そうに私を見ている大きな瞳と、パチリと視線があった。こんなに近くで陸の顔を見るのなんて、小学校の時以来かもしれない。

「ご、ごめん」

 慌てて視線を逸らせる。 昔は身体の線も細くて。風が吹いたら、空に飛んでいってしまうのではないかとおもうくらい儚げだった。けれど今、私の腕をつかむ力は、間違いなく男の人、そのものだ。小学校までは圧倒的に私の方が力も強くて、足も速かったのに。

「力、強くなったね」

 ちょっと悔しくなってボソリというと、耳もとで笑われた。

「当たり前。もう17なんだから。サッカー部でかなり鍛えたし」

 そうだった。陸は部員数がかなり多いにも関わらず、レギュラーポジションをずっとキープしているらしい。やっぱり悔しい。

「陸、体力測定会で100メートル走何秒だった?」

「100メートル? 唐突に何で?」

「いいから教えてよ。何秒?」

「……えーと、確か11秒6だったかなあ」

「11秒6?!」

 ちなみに私は16秒ジャスト。帰宅部で塾通いしかしていないから、勝負にならない。ため息をつくと陸はが小さく笑った。

「今の、昔の真琴に戻ったみたいな顔」

「え?」

 思わず目をあげると、陸も昔と変わらない穏やかな笑みを浮かべて微笑んでいた。

「負けず嫌いで、積極的で、元気いっぱいで。向日葵みたいに笑っていた頃の真琴の顔。いまはどうして表情を消しちゃうの?」

 咄嗟にコトバがでてこなかった。昔から私を知っている陸に、中途半端なことを言っても納得してくれないだろう。それでも少し考えて口にする。

「……昔はむかし、だから。大きくなったらみんな変わる、でしょ? 陸の力が強くなったみたいに」

 そういって力のない笑みを浮かべてみせる。掴まれていた腕を外そうとしたけれど、陸はさらに強く握って離してくれなかった。

「勝手に変わった訳じゃない。強くなるように努力したから」
 
 陸らしくない、どこか荒い言い方。引き結んだ唇。じっと見つめてくる瞳。昔から知っている陸じゃないみたいで、心細いような、不安なキモチになってしまう。

「陸?」
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