第15話

文字数 820文字

 正直、女といえど張り倒してやりたくなった。この顔がキライで隠していたのに、それをこんな形で暴露されるなんて、あり得なかった。

 ただそんなことは勿論できない。代わりにあからさまに不機嫌な顔を見せて立ち上がり、問いかけを無視して教室からでた。普通なら、これで話しかけてこなくなる。
 
 ただし雫は普通(ノーマル)じゃない。全く懲りなかった。彼女がモデルのデッサン授業は数回あったから、始まる前、休憩時間、終わったあと。とにかくしつこく俺に絡んできた。
 
 無視しても、ずっと話しかけてくる雫を威嚇してみても、逆にやっと反応した! なんて嬉しそうに言われてしまう始末。ストーカー対応と同じ。ここで怒ったら相手の思う壷。

『マジで俺のことを構うな。離れろ。迷惑だ。これ以上構ってきたら、学校に訴える。あんたも困るだろ?』

 あえて感情を交えず、冷たい口調でそういってやった。たまにしつこく女に絡まれたりしても、これくらい言えば普通は俺の前からいなくなる。さすがの雫も一瞬黙り込んだ。ようやく解放される。そう思ったのも束の間。あいつは、ためらいがちに微笑んだ。しんとした池にぽつん、と石を投げ込んでできた小さな波紋みたいな笑み。

不覚にも隙をつかれ、まじまじと彼女を見てしまった。

『キミ、私に似てるんだもん。放っておけなくて』

『は? どこが似てんだよ。俺はあんたみたいに、頭のネジ、飛んでねえよ』
 
 慌ててそういった俺に、笑ってゆっくり首を振った。

『全部は似てないよ? あのね……どこかに置き忘れた大事なもの、いつも探して泣いてるみたいなとこ、似てる』

 どうしてあの時、なにも言い返せなかったのだろう。それからだ。いつの間にか雫のペースに巻き込まれてしまったのは。

 お気に入りだという、頑固オヤジが一人でやっている珈琲店に連れていかれるようになり、更にはオヤジの友達だという貴大さんを紹介され、よくわからないうちに、今のバーでバイトをすることになっていた。
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