第52話

文字数 755文字

 まっすぐ俺を見つめる瞳には、いつものふざけた色はまるでなかった。雫が俺のことを気に入っているのは知っている。俺だってそうだから。だけどそれが恋愛感情かと問われたら、微妙にちがう。

 友達よりもっと深い、だけど恋人とは違う。雫が何歳かなんて知らないけれど妹とか、いや猫か。とにかく傍にいても、構えなくていい貴重な存在なのは間違いない。

 そして、そんな感覚をもっているのは俺だけじゃなく、雫とも共有しているとずっと思っていた。しばらく雫と見つめあったあと、ゆっくり口を開く。

「……できるよ。いや、お前の裸、見慣れすぎて、勃たない可能性あるけど。たぶんやろうと思えばできる。でもさ、そんな適当なことはしたくない。お前はそんなんじゃないから。言ってる意味伝わってる?」

 雫はしばらく俺をじぃっと見つめたあと、ゆっくり目を細め、ふにゃりと弛緩した笑顔を浮かべ頷いた。それはガッカリしている、というよりどこかホッとしたような笑顔にも見えた。

「可笑しいよねえ」

「何が?」

「セックスしたいって言って断られるの、これで二人目なんだけどね。その2人とも私の特別なひと、なんだよ。普通は断られないのになあ」

 そう言って、困ったように笑う。その横顔はいつもの無邪気さに、透明な憂いが重なっているように見えて。ついツッコミを入れてしまう。

「お前、なんにも思ってない奴と寝るの、やめろよ?」

「え? まさか。 もしかして好きになるかもしれないなあ、と思う以上の人としか、しないよ!」

 そう口を尖らせる雫は、言っている内容に反して(いとけな)い子供みたいで。いつもの雫だ。少し安心して微笑む。

「まあいいけど。それよりさ」

「うん」

 小さく吐息をついたあと、そっと核心に切り込んでみる。

「その、お前にとって、もう一人の特別な人間って、俺、知ってるよな?」

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