第108話

文字数 780文字

「あの人って……遊さん?」

 遊さんの話題が出てくると、落ち着かない。陸はそんな私を、真正面から見つめてくる。

「そう、アイツ。ふたりでいるところ、見た奴がいて。叔父さんのバーに寄った帰りとかじゃないかな。それで……真琴が夜遅くに年上っぽいイケメンとデートしてた、から始まって最近妙に色っぽい、とか。それに尾ひれがついて色々」

 あまり男子と話すこともなかったから、そんなことに気づきもしなかった。だけどヘンなコトを想像されて噂されていると思うと、気分が悪くなってくる。

「尾ひれって……何?」

「……男子高校生が考える、典型的なくだらない話」

 陸はそういった後、これ以上その話はしたくない、とでもいうように大きなため息をついた。

「遊さんとは……そんなんじゃないよ!」

 静かなカフェに響くような声で叫んでしまい、周りから注目を浴びて、慌てて手のひらで口を塞いだ。どんな想像されているかよくわからないけれど、とにかくそんな関係じゃない。じゃあどんな関係? 自分でもわからない。口を塞いだ手、その指の節を軽く噛んでしまう。陸は大きな瞳をじっと見開いて私を見ている。

「俺はわかってるけど。周りはね、いいたい事 、言うから」

 そう言ってすっと視線を外した。その横顔を見ていたら、不意に気づいてしまった。最近の陸の行動。

「……それでわざわざ教室で目立つように、私に話しかけてきていたの?」

「…… 別にそれだけが理由じゃないけど」

 ちらりと私を見てから、窓の外に視線を投げ、普段あまりみせない厳しい横顔でぽつりと呟いた。

「そのうえあいつ、真琴を泣かせるし。ほんとむかつく」

「……陸」

「昔から、真琴を泣かせる奴とか許せないんだよ」

 そう呟いた陸の横顔。小さな頃、私と一緒になって、年上の相手を叩いていた必死な顔と重なった。蘇ってきた思い出が、私の胸をきゅっと掴み、ココロを痛くする。

 
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