第39話

文字数 835文字

「一気に飲まなくていいのに」

 貴大さんがゲラゲラ笑うと、呼吸が落ち着いた真琴が反撃しだした。

「そ、そんなこと言って! 貴ちゃんが後悔なんてしようもないくらいに、青春時代を楽しみまくっていたって聞いたことあるよ?」

「え? そうなんですか?」

 思わず貴大さんを見ると、真琴の真似をして咳こんでみせるから、つい笑ってしまう。

「藪をつついたら蛇がでてきた、みたいな(ことわざ)こういう時に使うんだっけ」

 貴大さんも苦笑すると、真琴はさらに勢いを得たように喋り出す。

「そうだよ! 確か中学、高校とか彼女なんて何人いたのかわかんないくらいモテていたんでしょ。
おばあちゃんの話だと、制服のボタンは卒業式の日、全部取られていて、バレンタインの時なんかいっぱいチョコ持って帰ってきたって聞いたよ。うちのお父さんは全然モテなかったみたいだから、ちょっと拗ねてたって」

「やりますね、貴大さん」

 からかうようにそう声をかけると、貴大さんは頭をかいた。

「そんな時代もあったかなあ。ま、過去の栄光だね」

「今だってモテるくせに。なんで結婚しないんだろうって、お父さんもお母さんも言ってる」

 真琴のその言葉に、まるで体のどこかを射られたように、貴大さんは目をキュッと細めた。

「多少モテたとしても、自分がホントに好きな(ヒト)に振り向いてもらえないなら、意味ないんだよ。逆に下手にモテたりすると、自分が本気になったとき、相手にどうやって気持ち伝えていいか、わかんなくなったりしてさ」

 穏やかに諭すように話す貴大さんの声は、本音を話す人特有の響きがあって、おもわずその横顔をみた。

「貴ちゃん、何かあったの?」

 真琴も同じように感じたらしく、かしこまった様子でたずねると、貴大さんはいつもどおりの口調に戻って、楽しげに笑った。

「ないない。まあ、キミたちは若いんだから今を楽しみなさい。それより真琴、塾は?」

「あ! もう行かなきゃ!」

 慌ててスマホをしまい立ち上がる。それから俺をみて、子供みたいに無邪気に微笑んだ。
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