第14話 鬼畜の根源
文字数 2,002文字
「さすが少年だな」
その後ろを追いかけるネレイドだが、彼女の意識は未だ戻っていなかったので漏らしたのはペドフィであった。
「まったくだ」
「そうですね」
両肩には初代と二代目。
ただ、彼らの視線は明らかにピエールのほうを向いていなかった。
「でも、実際にその可能性はあり得ますよね?」
サディールの言葉に初代は頷く。
「まぁ、な」
死体の頭まで潰されている理由を披露したあと、ネレイドの身体を操るペドフィは何故か、ピエールに発破をかけた。
このままでは、村の皆が危ない。急がないと、同じように殺されてしまうと。
その言葉を信じて、ピエールは死に物狂いで走っていた。
「それにしても、よくわかりましたね。さすが先代」
素直な気持ちで二代目は賛辞を贈る。
「そりゃ、人間だからな」
初代は吐き捨てる。
今回のやり口は、今までの魔族とは違っていた。
「裏に人間が付いているか。それとも、人間と変わらないほど馴染んでいるのか」
死体の頭を潰したのはおそらく、個人を特定させない為。首から下だけでは、家族であってもわからない――いや、認めようとしない。
初代には覚えがあった。
魔物に食い散らかされた死体が、頭では仲間たちだと理解していながらも――心が否定していたことを。
「どちらにせよ、やはり魔族たちはレヴァ・ワンを恐れている」
魔族たちがそこまで手間をかけたのはレイピストの血縁――すなわち、ネレイドを覚醒させない為であろう。
かつてのペドフィのように――
「殺されたとわかっていても、死体を見ない限りは心の底から怒ることはできない……ですか?」
二代目にはわからない感傷である。
「無残に殺されたことに対して、余計に怒りそうですけどね」
「それこそ、目の前で頭を潰されたらそうなるだろうよ。けど、自分の知らない場所なら別だ。それは、違う誰かだと思っちまう」
そう、目の前で大好きな人を殺されたからこそ、戦いを知らなかったペドフィは剣を取ることができた。
恐れ多くも、神剣レヴァ・ワンを手に取ってしまった。
「お嬢さんが戦う気になってくれると助かるんですけど、ペドフィ君はそうは思っていないようですね」
でなければ、わざわざピエールを焚きつけて急がせるわけがない。
そのペドフィは先祖たちの会話を聞きながらも、一切の反応を示さなかった。
「そりゃ、このキモは自分の所為で大切な誰かが死ぬって点にあるからな。普通の感性をしてたら子孫に――それも、まだガキの女にそんな思いはさせたくないだろ?」
「そうですか? その場面を想像するだけで、私はたぎってしまいますけど?」
この件に関しては、サディールのほうがクズで鬼畜であった。
「まっ、おまえさんの場合は仕方ないか」
けど、その理由を知っている初代は咎めなかった。
神の下において人は皆平等であると、サディールは教え込まれている。それこそ物心つく前から、洗脳されている。
だから、神聖な場やモノを汚されることに怒りを覚えても、特定の誰かが虐げられることにはあまり頓着しない。
信仰に準じて傷つき、死ぬのなら本望であろうと彼は考えている。
逆に、我が身可愛さに信仰を捨て、屈服する相手には殺意さえ覚えてしまう。
たとえ、自分がそのように仕向けたとしても。
「けど、怒りに任せた復讐よりかは、誰かを守りたいって思う献身のほうが素晴らしいってことくらいはわかるだろ?」
「復讐よりは遥かにマシですね」
心の奥底、魂から溢れ出てくる怒りを堪えながら、ペドフィは口を閉ざしていた。
彼の目(といっても、使っているのは少女の身体だが)は大切な家族を守ろうと、必死になっている少年の背中に注がれている。
それがあるからこそ、鬼畜な先祖たちの会話を聞き流せていた。
どうか間に合って欲しい、とペドフィは切に願う。自分のようにはならないで欲しいと、ピエールとネレイドのことを憂う。
聖都へ行こうと村の皆から離れたのはピエールからだと聞いていた。
だとしたら、彼もまた自分を責めるだろう。
ネレイドは言うまでもない。
自分の所為で死者の頭まで潰されたと知ったら、正気でいられるはずがない。
それこそ、自分のように復讐に憑りつかれてしまう。
――魔族は駆逐するべきだと。
しかし、厄介なことに今の魔族はおそらく人間に近い。いくら激高したとして、それを殺せるかどうか……。
そして、もし殺せるとしたら――彼女もまた、証明することになってしまう。
レイピストの血は鬼畜の根源である、と。