第57話 笑えない冗談
文字数 2,415文字
よほど気に食わないのか、開口一番、サディールは文句を並べ立てた。
「正直、中で戦うのは面倒です。外から街ごと攻撃するのが得策でしょう」
そして人型になり、上空から見下ろした街の地図を描く。まるで、直線が上手く引けない子供が作った迷路。
道らしい道すら確保されていない。
「まず、私が流れない雨を降らします。水位が膝を超えたあたりで、敵は人質をおいて逃げるはずです」
本当に面倒なのか、サディールは一人で決めていた。
「人質の状況は?」
ぶん投げているネレイドと違って、エリスが口を挟む。
「ある意味、今までで一番らしい扱いを受けていましたよ。人間で遊ぶ趣味や嗜好がないのか、そういう命令を受けているのかはわかりませんが」
「つまり、どういう意味だ?」
初代が端的に訊く。
回りくどい物言いから、ネレイドは覚悟する。たぶん、聞いて気分がいい扱いではないだろうと。
「たいはんが労働奴隷で、一部の女性のみが性奴隷とされています。ただ、どちらも長く使う予定はないのか、あれは一ヶ月持てばいい扱いですね」
やっぱり、という気持ちで少女は深く考えないようにした。どれだけ考えても、どうせ想像を上回る。
きっと、自分なら一日も我慢できないと思う状況だ。
でも、いざそうなったら耐えられてしまうのだろう。
実際、これまで絶対に無理だと思っていたことをやれてしまっている。
殺して殺して殺して……。
人間は思っているよりも、ずっとずっと強いのだ。それとも、自分の想像力が弱いだけなのだろうか?
「まるで、消耗品のような言い方ですね」
感情的に口にしなかったのは成長か、それとも退化か。エリスは静かに非難した。
「私は白い石が高価だったからと、人の骨を使っていた時代の人間ですよ? 生きていようが死んでいようが、人間は一番安くて多い資源――消耗品に変わりありません」
しかし、サディールには子供の台詞にしか聞こえなかった。
でもだからこそ、ほんの少しだけ心が痛む。そうした僅かな憐憫と苛立ちが、ついつい意地悪な物言いをさせてしまうのだった。
相手が本当に幼い子供なら配慮できるが、図体だけはそれなりなので難しい。どうしても、なんでそんなこともわからないのだ? という感情が勝ってしまう。
「労働奴隷って、何をやらされているんだ?」
初代の助け舟。本人にその気はないだろうか、
「矢を作らされています。それも鉄だけでなく、石や青銅の矢尻もありました」
これ幸いにとサディールは話を逸らす。
「そんなんで、レヴァ・ワンと戦う気か?」
「おそらくは。散っていて、正確な敵の数はわかりませんが五百は超えているでしょう」
「五百っ!? 多くないですか? ヴィーナには百人くらいしかいなかったのに」
無視できない数字に、ネレイドはつい愚痴ってしまった。
「その為にヴィーナの兵を削減。また、時間を稼ごうとしていたのでしょう」
「なるほど。迷路みたいな街に潜みながら、弓で狙い撃ちか。悪くないが甘いな」
初代はあくどく笑う。
「オレたちが街に入ることを前提の作戦を立てるなんて。それとも、こっちが街や人質を絶対に傷つけないと思ってんのか?」
「……それが当然です」
エリスがぼやく。
「街を解放すると言っておいて、その街や住む人々をないがしろにした発想はどうかと……」
「解放なんだから、嘘じゃないだろ? たとえ死んだとしても、苦しみからは解き放たれるされるわけだし」
「なっ……」
「先代の冗談は、相変わらず笑えないですね」
今度はサディールが助け舟を出す。
もっとも、初代は必要としていないだろうが。
「そういう訳で、水攻めでいきます。敵が街の外に出たら、私とエリスさんで街の解放。先代とお嬢さんは、お好きなように蹂躙してください」
作戦自体に異論はないようで、それぞれが返事をして、準備に取り掛かる。
「何人ぐらい、溺死させる気だ?」
と、初代が肩に飛んでくるなり口にした。
「それを決めるのは私ではありません。一応、生きる気力のある人なら、死なない程度にする予定です」
「それだと、敵も何人かは街に残るだろ」
「統率が乱せればそれでいいかと。それに残ったとしても、本能的に一番高い階層まで逃げるでしょう? 位置さえわかれば、今の私とエリスさんでも対処できます」
「誰かを拷問する気か?」
肯定を示すように、サディールは笑う。
「城塞都市アレサの防壁は先代も知っているでしょう? もう、今までのようにはいきません。かといって、敵の戦力を知らないまま突入して、どうにかできるほどの実力はお嬢さんにはない」
「ここに残っている奴らが、知っていると思うか?」
「たとえ知らされていなくても、気づいたことくらいはあるはずです。それにペドフィ君の時代から千年近く経っているんですよ? その上、魔術の力が激減しているとなると」
「弓に変わる武器が誕生していてもおかしくはないか」
それこそが、サディールの危惧している事柄だった。
「えぇ、これみよがしに矢を量産させているのが気になるんです。まるで、弓以外の飛び道具の存在を隠しているみたいで」
いくら数が欲しくても、石と青銅の矢尻なんて鎧ですら防げる代物だ。正直、そんなモノを作るのは木材と羽が勿体ない。
「その手の武器があるとしたら旧都側か。オレの時でさえ魔術に変わる――誰にでも扱える、強力な武器を欲していたからな」
魔術は教会、武術は王家に集う。
だからこそ、初代レイピストは教会ではなく王家に迎え入れられたのだった。