第10話 神々の誤算
文字数 2,498文字
四人は礼儀正しく口にしてから、食事に手を付けた。もっとも、羽虫サイズの初代と二代目を二人と数えていいのかどうかは甚だ疑問ではあるが。
場所は厨房。
ネレイドが調子に乗って盛り付けたお皿はどれも大きい上に重かったので、運ぶのが面倒だったのだ。
おかげで、ピエールは酒瓶を十本以上運ばされた後に、椅子を二脚持ってくる羽目となった。
「やっぱ美味い食事は最高だな」
「えぇ。これだけはレヴァ・ワンに感謝してもいいですね」
傍から見れば羽虫が集っているようにしか見えず、ネレイドとピエールの食欲が地味に落ちる。
そんな二人の気持ちをつゆ知らず、初代と二代目は様々な料理に手を付けていた。
とはいえ、たいはんがお酒と香辛料をたっぷり使った煮込み料理。新鮮な食材がなかったので、こればかりはネレイドを責めることもできない。
「満足したら、ペドフィ様にも代わってあげてくださいね」
ネレイドはぶんぶんと飛び回る先祖に言うも、
「ペドフィは禁欲趣味だからいいだろう」
「代わってもいいですけど、彼に快楽を覚えさせると歯止めが利かなくなりますよ?」
どう聞いても、代わる気はない返答。
『別にいい』
また、ペドフィ自身もそれでいいようだった。
「本当に禁欲趣味なんですか?」
『別にそうじゃない。ただ、初代や二代目とは違うと証明したかっただけだ』
「それなら……」
『いい。それに腹立たしいが、二代目の言い分にも一理ある。あんたも……ぶくぶく太りたく、ないだろ?』
初代や二代目と違って、聞いているこっちが恥ずかしくなるくらい不器用な皮肉。
「わかりました。でも、食べてみたくなったら言ってくださいね。あの二匹がなんと言おうとも、代わらせますから」
ぶんぶんと飛び回る先祖に聞こえるように、ネレイドは言ってやった。
「二匹って、酷いなぁ」
「目上の人間に対して、口の利き方がなっていないですね」
「そんな見た目じゃ、敬意なんて持てません。それに二人は色々と酷すぎます」
「そりゃ処刑されるくらいだからな」
「そうですよ。死者には敬意を払いませんと」
ああ言えばこう言う。
そんな二人に向かって、ネレイドは告げる。
「私が言っているのは、教会から聞かされていたこと以外の問題です」
そういう面では、ペドフィがまともであった。
「いい年した大人なのに、我儘すぎます。しかも、余計な一言ばっかり」
「仲間以外の女となんて、まともに話したことないから仕方ねぇだろ?」
「それにお嬢さんは身内ですから、つい心が緩んでしまうんです」
ネレイドは完全に遊ばれていた。
傍から見ているピエールにはそれがわかった。
「あの、レイピスト様」
だからこそ、自分が訊かない限り話にならないと、少年は勇気を振り絞って口を挟んだ。
「ネレイドが起きてからと言っていたこと、聞かせてもらっていいですか?」
「あん? なんだっけ?」
「あー、なんでしたっけ?」
なのに、偉大なる英雄二人は完全に忘れていた。
「えぇと、神剣レヴァ・ワンのことです。あと聖都で起こったこと。これから、どうするのか」
詰まりながらも、ピエールは言えた。
自分が訊きたいことの全てを。
「面倒くせぇな。聞いても、どうしようもないことばかりじゃんか」
初代が面倒くさがるなり、
「私も聞きたいです」
ネレイドの援護。
「レヴァ・ワンのこと。聖都のこと。そして、これからのこと」
「仕方ないな」
ネレイドが頼むと、初代は素直になった。
「まずレヴァ・ワンだが、こいつは神が自害する為に作った代物だ」
聞き憶えがありながらも、絶対に慣れることがない罰当たりな言葉。
「作ったのは二柱の神々。いわゆる善神と悪神――その頂点に立つ存在。両柱は長いこと争っていたが、急に飽きて全てを終わらせたくなった。けど、争いを止めるには共に眷属が多すぎた」
天使、悪魔、神獣、魔獣、神族、魔族、神竜、魔竜……と、初代は伝説に生きる生物を挙げていく。
「今更、争うのは止めましょうって言ったって聞くはずがない。そもそも、自分たちが争うように作ったモノだ。だから、壊す以外に方法はなかった」
広大な話をしながらも、初代は酒と食事を止める気はないようだった。
「けど、二柱の神々は自分たちでそれをしなかった。創ったモノに愛着があったのか、それすらも面倒くさくなっていたのか」
ちょくちょくと、間が開く。
「それとも、その力が既になかったか。正確なところはわからないが、二柱は目的を果たす為、互いに協力して二振りの剣を創り出した」
「えっ? じゃぁ、レヴァ・ワンはもう一本あるんですか?」
ピエールの質問に、
「神を殺す神剣と魔に堕ちた神を殺す魔剣。教会は神剣レヴァ・ワンって言ってるけど、こっちが魔剣だ」
これまた初代はあっけなく答えた。
「神剣は白い刀身に青い紋様が奔るらしいから、揃っていれば一目瞭然なんだがな。都合よく一振りしかないから、あいつらは真実を知っていながらも捏造しやがった」
言われて見れば、このレヴァ・ワンに神聖さは感じられない。
漆黒に赤の紋様。
改めて見ても、禍々しい。
「まっ、そんな人間だからこそ選ばれたのかもしれん」
神々に弓を引く者として――
「ただ、神々にも誤算はあった。一つはレヴァ・ワンが意思を持ったこと」
犬猫並みとはいえ、知能を持ったことにより、レヴァ・ワンは使い手を自分で選ぶようになった。
「もう一つは、レヴァ・ワンを奪い合って人間同士が殺し合いを始めたこと」
正確には、神々の眷属たちがそう仕向けた。自分たちの身を守る為に、人を唆したのだ。
おかげで、多くの神が魔に堕ちた。
「そして、最大の失敗がレヴァ・ワンの性能。神と魔が協力して生み出した唯一の存在ゆえに、その力は神々の頂点すらも遥かに超えてしまっていたんだ」