第93話 神の遺物
文字数 2,854文字
もっとも、その村人たちも今は安全の為にクリノに避難させている。
その為、道中は無人のはずだった。
ネレイド一行の御者を勤めるのは王国騎士団のニケ。彼は一人で、四輪車を引く二頭の馬を操っている。
その隣にはユノが座っており、周囲の警戒――もとい、サディールの性的嫌がらせから逃げ出していた。
結果、天蓋付きの馬車の中にいるのはお馴染みの顔ぶれ。
二人の少女に、女魔族の身体を奪った二人の男。
そして、二匹の人外であった。
「まさか、王家が神の遺物を隠し持っていたとは驚きですね」
サディールが興味深げに、戦装束を見つめている。
せっかくニケの不躾な視線から解放されと思ったのに、ネレイドは気が滅入って仕方がない。
「本当に間違いないのか?」
エリスも興味津々ではあるが、疑ってもいる様子。
「その衣装に、力があるのはおわかりでしょう? もしそれが魔力であれば、レヴァ・ワンがとっくに食べているはずですよ」
サディールは言いながら、衣服に手を伸ばす。
「加え、教会の祭服と同じ白と青の組み合わせ。先代曰く、それは本物の神剣レヴァ・ワンの色彩です」
「めくらないでくださいよっ!」
狭い空間で注目を浴びるだけでなく、着ている衣装を弄られてネレイドが吠える。
「これは失礼を」
サディールが謝り、エリスも伸ばしかけていた手を引っ込めた。
広くなったのに二人はネレイドの隣に座って、ペドフィが対面の席を独り占めしている状況だった。
「これでも気を遣ったつもりなのですがね。ちょっと、生地が少なすぎますよ」
「気にしていることを言わないでください」
サディールの指摘通り、戦装束はドレス並みに肌の露出が多かった。
胸元は厳重であるものの袖丈はなく、腕は丸出し。スカートは二重構造だが共に大胆な切れ目が入っており、横からだと太ももが見えてしまうほど。
また、背中にも不自然な二つの隙間が空いていて、なんだか落ち着かなかった。
「けど、嬢ちゃんのレヴァ・ワンと相性はいいはずだ」
ペドフィの頭に座った、初代が言う。
「それはそうですけどー」
先祖たち曰く、この服には魔力とは別の力――おそらく、聖なる力が宿っているとのこと。
現に羽虫型の初代は近づきたくないようで、肩に止まれずにいた。
ネレイドも同じく――何故か長い髪が衣装に触れるのを厭って、纏め上げずにはいられなかった。
「ちょうど四肢は空いていて、背中にも翼に最適な穴が開いてある」
面白そうに、サディールが独り言ちる。
「手足は偶然として、背中は翼の為のモノで間違いないでしょう」
「……翼」
奇麗な女性の声が聞こえたと思ったら、エリスの中から竜が出て来た。
「……少女の翼」
じーと、滞空したままネレイドを見つめている。
「見覚えがあるのか?」
ペドフィの頭から飛び出し、並空した初代が問う。
「
ぶつぶつと、竜は自問を繰り返す。
「残されたモノたちの祈りの結晶、であるか」
「どういう意味だ?」
「我が知る限り、彼女の服に特別な力はなかった。いや、あったがレヴァ・ワンが食べてしまったと言っていた」
竜と羽虫の会話に、人間たちは耳を傾ける。
「それに神を滅ぼした時、彼女は消えてしまった」
「つまり、その服が残っているはずがないと?」
「だが、彼女の翼を筆頭に偲ぶモノは沢山いた。人間たちも彼女の為に涙を流し、嘆きの声を震わせていた」
「聖なる力が消えてなくなる前に、そいつらが残滓を集めて作ったってわけか」
「おそらくは」
本当に推測なのか、竜の声は弱気に揺れていた。
「そいつが確かだとして、それが王家の女に伝わっていったってことは……」
王家の始祖は聖なる力を持っていたことになる。
それでいて、魔に与していた。
「そりゃ、魔術を上手く扱えるはずがねぇな」
魔術は教会に、武術は王家に――もしかすると、最初は武術とは別の技術が伝承されていた可能性もある。
「結局、
大いなる魔を有している故に、他の魔に対して絶対の力を誇る。
結果、魔の天敵として聖なる神たちに使役される羽目になってしまった。
その逆もしかり。
その混乱は、他の人間たちまで巻き込んでいたようだ。
「可憐なる赤髪のネレイドよ。その服に込められている力は強い。だが、決して過信せぬよう気を付けると良い。壊れてしまえば、もはや直す術はないゆえに」
そう言い残して、竜はエリスの中に帰っていった。
「残された聖なる力の持ち主たちが、人々を纏める王家の中心となった――あり得ます?」
信じられないと言わんばかりに、サディールが吐き捨てる。
「その人たちは、あくまで
そのレヴァ・ワンがいなくなったとすれば、差別的扱いを受けるはず。
「一方で、教会は悪魔となんらかの契約を交わしている。そして、その力を持って他の魔を〝屈服〟させ、王都と聖都に縛った」
何か意見が欲しいのか、サディールは皆に推測を披露していた。
「教会の始祖が交わした悪魔との契約。特に悪魔側の要望、それが問題だな」
ペドフィが答える。
「ある意味、そいつは他の魔を裏切っている」
「人間側が巧くやった、という可能性は?」
そう信じたいのか、エリスが対案を出す。
「当時の人々の能力、またその悪魔の力がわからない以上なくはないですね」
誰もが初代に目をやって、なんとも言えない顔で納得する。特例中の特例ではあるが、彼に比肩する者がいなかったとも言い切れない。
「嬢ちゃんは何かないのか?」
難しい話になったのを察するなり、ネレイドはいそいそと逃げていた。対面の窓側の席、初代は枠に止まって話しかける。
「黒幕とか真相とか、あんまり興味持てなくて」
小声で、討論している三人に聞こえないよう漏らす。
「私の役目はエリスのお手伝い。それと王子様を無事、助け出すこと」
幾千も前の出来事なんて、ネレイドにとってはすご~いの一言で済む話でしかない。
「あとは良い意味でレヴァ・ワンが必要とされなくなったら、それでおしまいです」
今を生きる少女にとっては、そんなことよりも目先の目的と見えてきた終わりのほうが遥かに大事であった。