第7話 神の自害
文字数 3,259文字
肉と野菜の下ごしらえと切り出しは難なくこなしたものの、ここからどうすべきか。
とりあえず、煮込みくらいはやっておこうと肉を焼いてから酒を注ぐ。それと香味野菜も炒めておく。
そして、二つを合わせてから水を注ぎ――あとはひたすら灰汁を取り除く。
試しに味見するも不味い。というか、薄い。
しかし、ここに何を入れればいいかが、ピエールにはさっぱりだった。
「調子はどう? ピエール」
さて、次はどうしようかと悩んでいるとネレイドの声。
だけど、ここ数時間で様々な人物が使いまわしていたので、ピエールは反応ができなかった。
「えーと……今は誰でしょうか?」
「私、ネレイド」
幼馴染は不機嫌に答えて、火にかけている鍋の中身を覗き込む。
「何これ?」
「牛肉の煮込み、の予定」
「まっず」
味見をするなり、
「香味野菜を細かく刻んで」
ネレイドは指示を出す。
「とりあえず、これは汁がなくなるまで煮込んで。後で私が作ったソースと混ぜるから」
「はいよ」
ピエールは素直に従う。
料理に関して、女に意見するとろくな目に遭わないと経験で知っていたからだ。
『おー、ほんとに口うるさいな』
その光景を初代が茶化す。
「ピエールっ! あんた、私のご先祖様に余計なこと言ったでしょ?」
と、ネレイドは火の勢いで告げ口の犯人を責める。
「えっ? なんのことだよ?」
「レイピスト様が私のこと口うるさいって」
「いやっ、それはその……」
『しかも、やっぱ尻に敷いてやがる』
「はぁ? 誰がっ! あーもう、うるさい!」
言い返すのも面倒くさくなって、ネレイドは料理に没頭する。
完全に苛立ち解消の為であった。
とにかく、忙しなく手と頭を動かしている間は余計なことを考えないで済む。
幸い、ここの厨房は広いので作業を同時に進めることもできた。
また、ピエールという雑用係もいる。
更にはレヴァ・ワンが自分の思った通りの形になるので、道具をいちいち探したりする手間もなかった。
「おまえ、それ神剣……」
包丁からヘラ、レードルと様々な調理道具に変わるレヴァ・ワンを見て、ピエールは指摘する。
「今は私のモノよ」
が、ネレイドは聞く耳を持たなかった。
火ちょうだい、と便利に使っている。
『ガキとはいえ、女だな』
頭の中で品のない笑い声が響くも、黙殺。
生来下賤の身と評された相手に、いちいち目くじらを立てても無駄だと、早くも学んでいた。
『これは良い匂いですね』
料理が完成に近づくと、今度はサディールがちょっかいをかけてきた。
『月桂樹の香りと……ビールですか?』
初代と違ってまっとうな質問だったので、
「えぇ、豚バラ肉のビール煮込みです」
ネレイドは素直に答える。
『それは贅沢ですね。ビールを飲む以外に使うとは』
「だって、私たちはまだお酒が飲めないですもん」
『おや? ピエール君は十四歳でしたよね?』
「はい、私も同じです」
『どうやら、お酒が飲める年齢も変わってしまったようですね。私の時は十二歳から飲めていたのに』
「それは早いですよ~」
生まれた時から教会に管理されていただけあって、三人の中ではサディールの一番育ちが良かった。
料理にも馴染みがあり、あれほど毛嫌いされていたネレイドと難なく会話をしてみせる。
『でも、十四は遅すぎです。今晩、試してみてはどうでしょう? 食事とお酒の組み合わせは最高に素晴らしいものですよ。実際、表向きには禁酒を演じていた教会の人間でさえ、隠れて飲んでいました』
「えー、そうなんですか? サディール様がそこまで言うのならぁ。それに教会の人が飲んでたんなら、私が飲んだって……いいかな?」
次第に、ネレイドの機嫌は良くなっていた。料理をするのに充分な材料と設備が整っているものだから、楽しくて仕方がないのだ。
しかし、傍から見ればただの独り言。
ピエールにしてみれば、面白くなかった。
いわゆる、疎外感を味わっていた。
かといって、ネレイドの声しか聞こえないのでは加わりようもない。また、幼馴染に向かって会話に混ぜてくれと頼むのも、少年からしてみれば難しかった。
「ちょっとピエール! 手があいたんなら言ってよね。他にも手伝ってほしいことがあるんだから」
「いやだって……。レイピスト様たちと話してたらと思うと、タイミングが……」
これ幸いにと、ピエールは訴える。
「えっ? あー、そうか。私にしか聞こえないのか」
「気づいていなかったのかよ? どおりで独り言が多いと思った」
「だって、頭に聞こえてくるのが当たり前になってきてたから」
いけないいけないと口にしながら、ネレイドは首をぶんぶんと横に振る。
「ねぇ、なんとかなりません?」
そして、他力本願――ご先祖様にお願いした。
『まだ、魔力が足りねぇんだよ』
リーダー的存在なのか、初代が答える。
「でも……この街にいたのを全部、食べたんですよね?」
『軽く八百年以上、食わせて貰えなかったんだぞ? それに魔族や人の持つ魔力自体が、かなり薄まっている』
「うっ、八百年も……?」
『それでも種族を問わず、数万人はいたから飢餓はおさまっている。おかげで、またオレたちが駆り出されたけどな』
「えーと、やっぱりこれからは私が食べさせてあげないといけないんですか?」
『あぁ、じゃないとこの馬鹿剣はおまえを殺すぞ』
「……嘘?」
『正確には、おまえの精神を殺す。そして、オレたちにおまえの身体を使わせるだろうよ』
「なんなんですか……? この剣は」
本当に神剣なのか、ネレイドには信じられなくなってしまった。
『馬鹿な神様が自害する為に作った、傍迷惑な代物だよ』
零れ落ちただけの疑問だったが、初代は答えてくれた。
「……神様が、自害?」
けど信じられず、ネレイドはついそらんじてしまう。
「おい、ネレイド!」
聞き逃すには罰当たりな発言だった。
別段、敬虔な信徒というわけではないが、ピエールは反射的に大声を出していた。
「だって、レイピスト様が……」
ネレイドもそう。無意識に、言い訳がましくなっている。
『あー、確かにこりゃ面倒だな。おぃ、サディール。なんとかできないか?』
二人のやり取りから、先祖たちは先ほどのお願いの意味をやっと理解する。
『そうですね。あの老いぼれが思っていた以上に枯れていましたから……まぁ、サイズを抑えればできなくもないかと』
サディールが言うなり、ネレイドが纏っている黒衣に赤い紋様が走る。
心臓の鼓動のような振動と生温かさが全身を包み、少女は悲鳴をあげたくなるも、それは数秒の内に静まってくれた。
「ほんとうに小さいな、おぃ」
そして、気づけば奇妙な生物が右肩に乗っていた。一応は人の形をしているが、手の平に乗るほど小さい。
「今はこれが限界です。なので、ペドフィ君はまた今度ということで」
左肩にも似たようなモノがいる。
「えーと、もしかしなくても……レイピスト様とサディール様ですか?」
忙しなく両肩に乗ったモノを見比べて、ネレイドは尋ねる。
「おぅよ、オレがレイピストだ」
褐色の肌に背中まである長い銀髪。
また真紅の瞳が相まって、手の平サイズでありながらも目を奪われる。加え、額から両頬にかけた刺青が一層、威圧感を与えていた。
「一応、初めまして。私がサディールです、お嬢さん」
丁寧にお辞儀をして、黒と白が絶妙に混ざった髪が流れる。
肌は白皙と呼ぶほど奇麗で、瞳の色もピンクに近い赤で愛くるしい。
「ちなみに、首から下はありませんのでこの服はめくらないでくださいね」
小さな二人は揃って、黒衣で全身を覆っていた。