第82話 強い女が生まれる訳
文字数 4,328文字
後方には今日まで自分たちを脅し、軟禁していた魔族たち。
前方には禍々しい闇を纏った赤髪の少女と、顔に恐ろしい刺青を入れた上半身裸の男。
見た目だけなら、魔族たちのほうが人間に近くて安心できた。
かれこれ半月以上はこの街にいたこともあり、多少の相違には慣れてしまっている。
一方、初対面の二人は異形とそれを操る蛮族にしか見えず、言葉が通じるのかさえ甚だ疑問であった。
幼い子供たちに至っては早くも泣き出している。それも今までとはまったく違う泣き方――ひきつけを起こしたかのように喘ぎだした。
石の街はもともと戦士たちが暮らす場所。
魔物が侵攻してくる可能性も考慮され道は基本的に狭く、要所要所に集団戦闘に困らない広場が設けられている。
現在、レイピストたちがいるのはその狭い道。並んで歩くのは五人程度が限界なので、人質たちは試されている次第だ。
「……」
サディールであれば気の利いた言葉の一つもかけられたであろうが、ペドフィには荷が重かった。
初代に目をやるも、
「放っておけ。かまったら敵の思うツボだ」
平然と無視を勧められる。
「どうせ、おまえの武装解除が目的だろう。それに、オレたちの周りが一番危ない。こいつらの役目はあくまで無差別攻撃を封じ込める為の盾だ」
――と、魔力の鳴動。
位置は初代の言葉を否定するかのように、人質たちの彼方。
「……話が違うぞ?」
「どうやら、敵は攻め方を変えたようだな」
「……撃ってこない?」
ペドフィが疑問を口にする。用心したものの、砲声は響かず。それでいて、レヴァ・ワンは魔力の鳴動を感じ取っている。
「――初代レイピストぉぉぉっ!」
すると、喧しい女の声が響いてきた。
狭い道に五十人近くの人質が密集している所為で、位置までは掴めない。
「このまま攻撃されたくなかったら、引っ込んでろ。貴様が消えれば、そこにいる人間たちは傷付けないと約束してやる」
予想外の提案だった。
「どうする、ペドフィ? 正直、条件としてはそう悪くない。この身体じゃ、オレは大して役に立たないからな」
「それでも、敵はあんたのほうが怖いらしい」
ペドフィは不機嫌に吐き捨てた。
「みたいだな」
初代は肯定してから、
「つまり、おまえは舐められてるってことだ」
敵の言葉をわざわざ汚く噛み砕いた。
「別に、あんたの下に見られるのはどうだっていい。けど、あんな奴らにどうにかできると思われているのは心外だな」
仮にも、殺戮の英雄と称えられた身。
それこそ、生前で唯一誇れる偉業である。
「半端モノが数と武器を揃えて、知恵を振り絞ったくらいでこのおれに勝てる気でいるなんて――」
更に言えば、レイピストたちの中でもっとも魔物や魔族に対して慈悲を持ち合わせていなかった。
「なら、任せていいのか?」
「もちろんだ」
「――いいだろう!」
初代は大声で伝え、羽虫型に戻る。
それを見届けてから、魔族たちは人質を自分たちの陣地へと移動させた。
「おぃ、約束はどうした?」
ペドフィが訊く。
何処に行ったのやら、初代は近くにいなかった。
「守るさ。
俺たちは
傷つけない」「なるほど」
狭い道、三人が近接武器を手にしている。その後ろには魔導砲を構えた五人。更に後方に弓兵が五人。
「おれが一度に殺していいのは、その十三人だけだということか」
敵は十三対一を繰り返す目論みのようだった。
敵陣とその部隊の間には、子供が数人ほど拘束されている。
同じように、残りの人質たちも敵本隊に配置されているとなると、直接は狙えない。この人数が混乱に陥れば、どうしたって死人がでる。
「もっとも、貴様が逃げたり攻めたりすれば話は別さ。それか家屋を壊してここを広くするか?」
「いや、いい。おまえたちが諦めるまで殺してやる」
つまらない挑発だが、ペドフィは乗った。
「それとも、約束を反故するまでか?」
「……貴様らみたいな鬼畜と一緒にするなっ! 俺たちは約束を守る」
「どの口が言う」
ペドフィは武装を変える。敵が正面にしかいないのなら、纏った闇を半暴走化させる必要もない。
黒い四肢と翼。両手には持ち手も鍔もない純粋なる刃を握って迎え撃つ。
ヘーネルは気配を消して、作戦の行方を見守っていた。
同時に、色々と試してもみる。家屋の屋根の上、この距離から視力を強化したとして、レヴァ・ワンはその魔力を感知できるかどうか。
「……」
行動に一切の揺らぎが見当たらないところからして、問題はない。次に弓を魔力で作れるか、その後、弦を強化した指で引くことができるかどうか。
あの狙撃で仕留められなかった原因の一つに、威力不足があったのは否定できやしない。
それでも、矢に魔力を込めることができない以上、こうして弓を変えるしか手段はなかった。
悪辣で馬鹿な策はうまくいったのか、人質たちの移動には成功している。
これで一度に何百人と殺される心配はないだろう。
レヴァ・ワンが得意なのは、多対一の戦闘。それも周囲に憂いのない状況で、暴れまわることである。
少なくとも、魔境が主な戦場だったレイピストとペドフィストはそうに違いない。
しかし、相手の得意分野を封じたからといって、こちらが有利になったわけでもなかった。
これから始まるのは、一方的な虐殺である。
ペドフィストが殺して殺して殺しまくる。
飽きるほど、単調に、そして反射的に――
その為の十三対一。
似たような戦いを数百回と繰り返させることで、相手の意識を縛り付ける。
そこまでしてから、リビとケイロンの出番。今までと毛色の違う相手に、ペドフィストは意識を変えようとするだろう。
その隙をヘーネルが射貫く作戦だった。
問題はサディストと竜の動き。それと初代レイピストである。
今はあの少女の中にいるのだろうが、どういう状態なのかはさっぱり。目があったことからして、ヘーネルを忘れているとは思えない。
「……その時は託すしかないか」
リビとケイロンに。
最悪、自分の役割は初代レイピストの意識を引き付けるだけでも充分と考える。
そうして、ヘーネルは慎重に距離を詰めていく。
そぎ落とした右胸を下にして、手で這うように進み――
「ほんっと、見事な狩人だ」
黒い影に声をかけられた。
脚しか見えないが、誰かはわかった。
「……しょだ、い……レイピスト」
馬鹿な真似である。こういう時は即座に行動へと移るべきなのに、ヘーネルは言葉以外を操れずにいた。
顔をあげることすら恐ろしく、視線は未だ脚を見ている。何をしても無駄な気がして、反撃を模索しようとすら思えない。
「そこまでビビるこたぁねぇだろ。オレはあんたを買ってるんだぜ?」
褒められても、なんの気休めにもならなかった。
「まっ、とりあえずお仲間に伝えてやりな。
約束通り
、オレはこうして隅に引っ込んでいる
と」物言いからして、人質の扱いに対する当てつけに感じられた。
「安心しな、あんたはすぐには殺さない」
「……どうして?」
「理由は幾つかある。まず、嬢ちゃんが女を殺せるか興味がある」
返答に困る答え。
ヘーネルはなんの反応もできず、
「次にあんたの身体。殺すくらいなら、オレが貰いたい」
恐ろしい理由を聞かされる。
「もっとも、一番の理由は弓の腕前だ。正直、称賛に値する。オレの時代でさえ、あんたほどの狩人にはお目にかかった記憶がない」
喜ぶべきだろうが、獲物に言われている以上、悔しさしか湧いてこなかった。所詮は上からの誉め言葉。
「肉体があるなら、今すぐに犯したいくらいだ」
「……悪いけど、私の身体は男が楽しめるような代物じゃない」
せめてもの意地でヘーネルは言い返すも、
「魔物すら犯したオレだぜ?」
逆効果だった。
「耳と目が人と違って、右胸がないくらいどうってことはない。強い女ってのは、それだけで犯す価値がある」
時代の違いなのか、初代レイピストの言い分は理解に苦しむ。
だとすると、人と魔族の違いなんてそんなに大きくはないのかもしれない。種族よりも、時代の壁のほうが大きく思えてくる。
「……で、私はどうすれば?」
自分の常識は通用しないと判断して、ヘーネルは素直に求める。
「さっきも言ったが、仲間に伝えてやれよ。可哀そうだろ? いざって時に頼れないとわかったら」
「……それで、ペドフィストが負けることになるかもよ?」
「そん時は素直に感心してやる」
「それは余裕? それとも信頼?」
「どっちでもあり、どっちでもない。ただ、あんたらの認識が甘いだけだからな」
レイピストの手は大きく、いとも容易く首を掴んで――這いつくばっていた狩人の身体を起こした。
一瞬だったので苦しさよりも驚きが勝り、ヘーネルはなんともいえない気分で座り込む。
「いつまでも、男にケツを向けるもんじゃないぜ。誘ってんなら、話は別だけだよ」
改めて見ても、レイピストの体躯は並外れて立派だった。
ここまで違うと、男と女の差を感じざるを得ない。
結局、男は戦うようにできていて、女はそうじゃないのだ。
そんな当たり前の事実に、何故だか泣けてきた。弓なら男にも負けない自信があったけど、それもどうやら違うみたい。
男には弓なんて必要ないから、使っていないだけだ。もし本気で練習されたら、きっと自分は敵わないだろう。
自分で捨てた胸に触れて、それが無駄な努力だったと思い知る。ここまでしたのに、勝負をする前から負けを受け入れてしまうなんて……。
「……初代レイピスト。生前、あなたはきっと沢山の女を傷つけたんでしょうね」
「人間以外のな」
「いいえ、違います」
不思議と、これだけは自信を持って言い返せた。
「あなたが結婚した王女様とか。人間の女も傷付けているはずですよ」
レイピストは理解できないと言わんばかりに首を傾げていた。
当時のことはわからないけど、きっとそうに違いない。
権力は力だ。
王女ともあれば大事に育てられ、その力を自覚していたはず。
でも、この男を前にしたら――自分がただの女であることを、思い知らざるを得なかっただろう。
もっとも、それで素直に負けを認めたかはわからない。
もしかすると、意地を張った可能性もある。
自分の持てる力を最大限に利用して、必死で自分の自尊心を守ろうと――それを素直に受け入れられるようなら、強い女にはならないものだ。
男と違って、普通でいられないから女は強くなる。
決して、強くなりたくてなるわけじゃない。
「アイツにはむしろ、オレが傷つけられたと思うんだがな……」
だけど、男にはわからないようだ。
ここにきてやっと、レイピストは何処にでもいる男の反応を見せてくれた。