第43話 大選別の経緯
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気付けのお酒を与え、意識を取り戻すなりマテリアは口にした。
「でも、まだ体調が?」
ネレイドは心配するも、
「案ずるな、喋っていれば回復する。……おまえたちは周囲の警戒をしていろ。無理に、同席する必要はない」
当の本人は強がり、部下たちに命令を下す。
「……わたしは同席します」
三人が指示に従い、一人だけ残った。サディールに食ってかかって、銀髪の少女である。
気だるそうに状態を起こしたマテリアを支え、敵意満々でこちらを睨んでいる。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。まず、大選別を行うに至った経緯を教えて貰っていいですか?」
気にせず、サディールが質問する。
神帝懲罰機関の二人は地面に座っているので、自然と見下ろす形。
「旧聖都カギにある水鏡は知っているな?」
「世界を映しだし、その土地の魔力を観測できる聖遺物ですね」
さらりと気になる情報が出てくるも、ここで口を挟むとややこしくなりそうなのでネレイドは我慢する。
「そうだ。それを見て、我々はその土地が魔境がどうかを判断する。だが貴方たちの手によって、大陸に魔境と呼べる所はなくなった」
人を見下ろしたまま話を聞くのは性に合わないので、ネレイドも腰を下ろす。それにだいぶマシになったものの、まだ頭が痛かったので自分の膝に頬を乗せる。
「それが一年前、薄っすらとだが魔の気配が見受けられるようになった。それも聖都カギとそれを囲う五芒星の街にだ」
人の話を聞く態度ではないが、相手も似たような体勢なので構わないだろう。
「しかし、異変は見受けられなかった。教会騎士だけでなく、我々神帝懲罰機関も調査に赴いたのだが……」
口惜しいのか、マテリアは辛そうに零した。
「だというのに、水鏡は日に日に訴え続けた。そして最初の発見から半年が経った頃には、汚染は五芒星の街だけに留まらなかった」
それでも、濃さは変わらない。染みのように、ただ広がっていった。ペドフィが生まれた時代に魔境と呼ばれていた一帯――城塞都市アレサから東の土地すべてに。
「さすがに無視できる状況ではなかったが、意見は対立した。どれだけ調べても目に見える異変が見当たらなかったから、水鏡の問題が疑われたのだ」
「仮にも、自分たちが聖遺物と呼んでいた代物を疑うとは。愚かとしか、いいようがないですね」
嫌いなタイプだったので、サディールは悪態をつかずにいられなかった。
「その結果が現状だとしたら、すべては教会の怠慢の所為です」
「……だが、本当に何も見当たらなかったんだ。それでも、先代のテスタメントは放ってはおけないと、神帝懲罰機関の中でも精鋭を率いて聖都へ向かった。私はその間の留守を任せれ……もし、帰ってこなかったらテストメントの名を引き継ぐよう仰せつかった」
「なんと愚かな。よほど、平和な世界に飽き飽きしていたのでしょうか?」
もっとも、気持ちはわからなくはない。魔族たちを退けたあとは、サディールも退屈で退屈で仕方がなかった。
テスタメントはその比ではなかったはず。およそ千年近くも出番がないどころか、表舞台に出ることもかなわなかったのだ。
それでは、いくら言葉で説いたとしても無駄であろう。きっと表舞台の教帝たちは彼女らを蔑ろにし、本人たちは活躍の機会を窺っていたに違いない。
「それで、その半年の間に何が起きたのですか?」
唇をかみしめて、黙り込んだマテリアに続きを促す。
「水鏡の観測者――先々代のテスタメントが恐ろしいことに気付いた。映しだされた魔力の染みが、なんらかの紋様を描き始めたと」
「
「……サモン?」
「教会の秘術ですよ。テスタメントにのみ教えられるはずなんですが、ご存知ないと?」
その嫌味に対して、マテリアは過敏な反応を示した。恐怖に顔を歪め、下腹部に手をやる。
「なるほど。譲渡だけは、きちんと成されたわけですね」
つまり、条件さえ揃えば悪魔が呼び出される。そして、本人の意思とは関係なく交わることになるだろう。
「で、続きは?」
しかし、サディールにとってはどうでもいいことだった。
「……そこまで言っても、教皇様は半信半疑だったと聞いた。それでも、最終的にはレヴァ・ワンの封印を解き、レイピストの血縁を探すことを決められた」
「おそらく、信じたのではなく好奇心に負けたのでしょう。教帝といえど、特別な理由がない限りレヴァ・ワンを拝むことはできませんからね」
レヴァ・ワンは本物の聖遺物で、真に神が創りし剣である。たとえ、歴代の教帝たちに脅されていたとしても、興味を惹かれないわけがない。
「そして約半年もの間、大選別を行っていた。その間、あなたたちは何を?」
「紋様を消そうとしたが、できなかったそうだ。それ以前に、水鏡が示す魔の根源が何処にあるのかもわからなかった。だから、魔を殺すというレヴァ・ワンに頼ろうとしたのだ」
「そうなると、魔族が出てきたという話は民衆からですか?」
「おそらく。すべての人間を集めるには、どうしてもわかりやすい伝説が必要だったらしい」
聖職者ならいざ知れず、普通の人なら聖遺物というだけでは集まってはくれない。
初代の時代であれば、教会の言葉だけで誰もが従っただろうが今は違う。
明確な餌――何か得するモノがなければ、すべての人は動かせやしない。
「それで、英雄と倒すべき敵ですか。だとすれば、わざわざ私たちが鬼畜であると教える必要はなかったのでは?」
「もう、誰もが勇者や英雄に憧れる時代ではないんだ。それで教会は貴方たちの罪と同時に、自分たちの罪も開示した」
レイピストの血縁を殺したこと。
そして、その償いをしたいとして莫大な褒章――賠償金を設けた。
「なるほど。名誉と金の両方で釣ったのですか」
教会ともあろうに、とサディールは揶揄する。金で釣るなんて、聖職者の風上にも置けないと。
「……その甲斐あって、大勢の人が聖都に集まった」
苦肉の策だったと言わんばかりに、マテリアは話を進める。
「逆ですよ。その所為で、あらゆる街に魔族たちが分配されてしまった」
「なっ!? そんな……」
どうやら、気づいていなかったようだ。
「あなたはレヴァ・ワンを魔を殺す剣といいましたが、それは正解ではありません。これは魔を喰らう剣です。ですので、魔力の持ち主がこの剣に触れると魔力を吸われます」
もちろんレイピストの血縁者は除きますとサディールは付け加えて、
「つまり、あなた方がレイピストの選別をすると同時に、黒幕の方は魔族の選別を行っていたというわけです」
教会の失態を指摘した。