第95話 封じられた魔
文字数 3,858文字
他の皆が対話に応じている中、真っ先に攻撃を仕掛け、早くも劣勢に追い込まれている。
暴風で建物を破壊したのは、翼ある異形。
それでも鳥には見えず、姿形としては人間に近かった。
手があって二本足で立ち、サイズもさほど変わらない。
例えるなら、レヴァ・ワンを纏ったネレイド。
ただ人間らしい顔は持ち合わせておらず、そこには口よりも大きな目が縦に三つ並んでいた。
肌が黒いからか、その黄金の瞳が悪目立ちをしている。また瞬きはおろか、ピクリとも動かないのでなんの感情も窺えそうになかった。
「無礼な奴。死に値する」
淡々とした声は確かに魔物から――口は見当たらないものの、喋れはするようだ。
「……」
一方、口のあるペドフィは無言で闇を纏う。
この身体の持ち主――リビは人為的に異形と化していただけで、魔物らしい特性は持ち合わせていなかった。
サディールの子孫だけあって、人間の血が濃かったのだろう。
なので、ペドフィの戦闘スタイルはさほど変わらない。
両手に三日月の刃を二つ、時間差で投擲。
初代ほどではないが、ペドフィも魔術は苦手であった。
なので、本物の武器を投げるように腕を振り、瓦礫と化した家々を踏み走っていく。
魔物はその体躯に似合わない巨大な翼で受け――
「痛い」
傷ついた翼を手で千切る。
そして、お返しのようにぶん投げてきた。
ただ、威力はけた違いである。
その翼は竜巻かと言わんばかりの風を孕んで飛来し、建物を次々と破壊していった。
ペドフィは逃げながら魔物に目をやると案の定、新しい翼。
レヴァ・ワンの力で存在しているだけあって、ある程度の魔力は吸収できるが、あの攻撃は無理に違いない。
あれは純粋な魔力ではなく、本物の翼だ。
実際、痛いと口にしていたので間違いないだろう。
つまり、魔物は特性として再生を有している。
正直、これを倒すのは荷が重いと、ペドフィは時間稼ぎに徹することに決めた。
エリスは氷塊を盾にして、迫りくる炎と雷の乱舞を凌ぐ。
「酷い」
雷は放射状に放たれ、打ち砕いた建物を炎に包み込んでいた。
「――
気休めだが、エリスは雨を降らす。
少なくとも、これで相手の矛先を自分に向けることには成功した。
再び、飛んできた雷は先ほどとは比べものにならない威力で、エリスの氷壁を粉々に打ち砕く。
『大丈夫か?』
「……えぇ、油断しました」
雷と炎の嵐をやり過ごすつもりで作った氷塊を、一撃で壊されたのはさすがに想定外である。
しかも、雨を降らす雲も完全に打ち払われていた。
「でも、相手の気は引けたようです」
翼も持たず、人間に似たモノが同じ高みに飛んできた。
いや、違う。
似ているのではなく、まんま人間の形が姿を見せた。
違うのは長い髪が雷のように爆ぜているのと、膝から下が炎であること。あとは人間そのもので、白い脚衣に上半身裸の出で立ち。
「オンナには優しく。でも、知らなかったから仕方ない」
場違いな言葉を投げかけられ、エリスはつい黙り込んでしまう。
「それにアイズ・ラズペクトがいるなら、優しくしている余裕ない」
敵は流暢な言葉を操るだけでなく、竜の名前まで言いあてた。
「オンナは初めまして。我が名は魔人ロロギヌス」
「魔人?」
『レヴァ・ワンに対抗する為に、創られたモノだ。もっとも、創ったのは神ではなく悪魔だがな』
『なるほど。では、わたしたちがここに来たのは正解ですね』
『気を付けろ。ああ見えて、奴が得意なのは人間の武器を用いた近接戦闘だ』
『あれほどの雷と炎を操りながら、ですか?』
『あんなモノはレヴァ・ワンの攻撃から身を守る術に過ぎない』
「オンナ、お話は済んだか?」
物言いからして、内なる竜との会話に気づいてはいたようだ。
「随分と、お優しいのですね」
「レヴァ・ワンに教え込まれた。オンナには優しく」
珍妙な物言いだからか、悪い気はしなかった。また顔が老紳士なので、嫌らしさも皆無である。
「だから、優しく殺す殺す」
とはいえ、仲良くできそうにはなかった。
「アイズ・ラズペクトと一緒に殺す」
魔人は両手を伸ばして――あり得ないことに、双剣を模した王城の尖塔が飛んで来た。
エリスが避けると、二本の塔は魔人の手に収まった。
「……剣っ!」
というには、些か乱暴な受け止め方。
自分で呼んだにもかかわらず、魔人は些か怯えながら、その手に握りしめている。
「……そう、剣。こういう形。これが剣。滅びの始まり。神魔を脅かし、人間に力を与えた――最初の武器!」
こちらがレヴァ・ワンでないからか、魔人は自分で呼び寄せた尖塔を投げ捨てた。
そして右手に炎、左手に雷で象った剣を握る。
「これで竜の首が斬り落とせる」
『嫌われているのですか?』
アレサにいた魔獣と違って、魔人は竜に対しても強気だった。
『我々が嫌っていたのだ。神ではなく悪魔に創られた哀れな道具。それも勝手気ままに動く、失敗作だとな。それゆえに、魔人は理から外れた存在でもある。自らを生み出した主人にも従わず、神すらも尊重しない』
『……まさに人間ですね』
自嘲するよう、エリスは引き継いだ。
『左様、ゆえに近づけるな。おそらく、近接戦闘となれば勝ち目はない』
『えぇ、承知しています」
エリスは暗殺専門で、竜は人間の身体に馴染んでいない。
『でも、相手はそのことを知りません』
だからこそ、いきなり仕掛けてはこず、慎重になっている。口とは裏腹に、竜の力を恐れているのだろう。
『どうする気だ、エリスよ?』
『まぁ、見ててください』
そう言って、エリスは竜の両手を氷で覆い――
「――参ります」
自分から距離を埋めて切りつけた。
魔人の炎剣は易々と爪を受け、流れるようにもう片方の雷剣で脇腹を裂きに動く。
が、エリスも空いた氷爪で受け――自分の腕ごと、蹴り上げるつもりで足を振るった。
しかし、魔人は剣を引いてかわす。
追いすがる尻尾の一撃も容易く叩き落し、
「……ふむ」
意味深に呟くなり、にんまりと笑った。
同時にエリスは距離を取る。
相手を見据えながら後ろへと飛び、
「――
生命を鎖す、冷たい風を巻き起こした。
「――ぬるいっ!」
触れるモノから凍らせる風であったが、魔人が振るう炎の剣は燻ってすらいない。
「悲しい、アイズ。ラズペクト。かつての強さ、どこにもない」
エリスは聞く耳持たず、また逃げながら攻撃を仕掛ける。
「――
家屋を壊す勢いの水流も雷の剣の一振りで爆ぜ、消失する。
そうして、魔人は余裕の表情で追いかけてくる。
おそらく、遊んでいるつもりなのだろう。
存分に足掻かせて、諦めるまでねちねちと。
ある意味、予想通りといえるが、甘いと言わざるを得ない。
このまま、こちらが近接戦闘を避けていると思ってくれれば幸いだと、エリスは無駄な攻撃を繰り返す。
時に当て、時に外し――地面に円環六華を描いていく。
そうして、間もなく完成といった頃、予期せぬ事態が起こった。
「――
どうせ無駄だとわかっているので、エリスは魔力を水に転換するなり、退避の行動を取っていた。
「――なっ!?」
だが、謎の寒波に襲われて身動きが取れなくなる。
竜の翼がたちまち凍り付き、無様に落ちるしかない。
『……魔力すら。凍結させるとは』
内なる竜は呑気に感心していた。
エリスは焦りに任せて見上げるも、魔人も凍っていた。
『……いや、魔力を、凍結、させた……のか』
証するように、生身の身体は凍っていない。
一方、エリスが生み出した水は魔人と共に凍り付いている。
『こんな真似ができる相手に、心当たりはありますか?』
落下に身を任せながら、エリスは訊く。
『……眠い』
『ちょっと起きてくださいっ!』
着地を任せようと思っていたので、ここで眠られたら困る。
『せめて、着地を……っ!?』
つい、下を見てしまったのがマズかった。
本能的な恐怖に囚われ、判断力が鈍ってしまう。
「くっ……!」
このまま、最悪を覚悟して目を瞑ると――
『飛べエリスっ!』
打って変わった竜の声。
叱責されるがまま従うと、
「……ま、間に合った?」
翼の氷が解けていて、どうにか落下は免れた。
対して、魔人は水流に呑まれて地面へと叩きつけられている。
『あの程度では死なぬ。気を付けろ』
『そんことよりっ! さっきのは?』
あれほどの力にどうして危機感を抱かないのかと、エリスは苛立ちを覚えながら問う。
『可憐なる赤髪のネレイドだ』
「……は?」
『あのような真似、レヴァ・ワン以外にできはせぬ』
「……そう、でしたね」
納得がいく答えを貰ったにもかかわらず、エリスの表情は不満たらたらであった。