第103話 共同戦線

文字数 5,084文字

 倒したはずの人型が飛散し、他の二体に吸収されるなり――
「――短剣を貸せ!」
 ペドフィが叫ぶ。

 それに反応したのはエリスとユノ。
 共に祭服の懐から短剣を取り出し、要請に応える。

「投げろっ!」

 両手の盾を人型に向かって放り捨て、ペドフィは手を伸ばすと同時に床を踏み鳴らした。
 投擲が専門と言っていただけあって、ユノは迷わず曲線を描くよう放る。
 遅れて、エリスが床を滑らせた。
 ペドフィは右手で持ち手を取るなり、歯で鞘を噛んで抜刀。その一方で、足は短剣を蹴り上げて左手で掴み――鞘を右脇に挟みこんで刃を晒す。

「ここで抜く意味あるんですか?」
 遠くから見ていたネレイドが首を傾げる。
「それに二人とも、盾を捨てちゃってるし」
 
 気付けば、ニケも腰に佩いた剣を抜いていた。

「そういえば、あなたのは剣技と呼べる代物じゃありませんでしたね」
 呆れと関心が入り混じった声で、エリスは漏らす。
「攻撃を受け流すには、抜き身の刃のほうが適しています。それに鞘のままだと、振るった時の重さも衝撃の伝わり方も別物になりますので」

 一体の人型を吸収した二体は、それぞれ体格を増して鉄色の剣を操るようになっていた。
 だが、ニケとペドフィに苦戦は見受けられない。
 もしかすると、吸収前のほうが手こずっていたくらいである。

「へー、そうなんだ」
 鞘に収まった剣とは無縁の人生だったので、ネレイドにはいまいちよくわからなかった。

「また、奇しくも剣と剣の戦いになりました」
 補足するように、ユノが呟く。
「敵の力は増したようですが、人型が扱う剣であれば予測するのは難しくありません」

 現に、二人は慣れた様子で人型の剣をさばいている。

「えぇ。正直、わたしとしても今の形態のほうがやり易いです」

 しみじみとエリスが言う。
 殴り、蹴り、掴みかかってくる敵よりも、よっぽど動きが読みやすいと。

「三人はまた、攻撃の準備をお願いします」
 エリスに言われて、

「は~い」
「わかりました」
「えぇ」
 
 再び、三人は紐に繋がれた錘をぶんぶんと振り回し始めた。

「ニケさん。すみませんが、もうしばらく耐えてください」
 エリスの言葉に、

「承知した」
 ニケは即答して、距離を取る。
 使い慣れた武器と戦いという点からして、余裕が感じられる。

「おれ、から……か」
 対して、ペドフィの返答は遅かった。

 本物の短剣は、普段扱う闇とは色々と勝手が違うのだろう。
 それでも、戦いながら順手逆手と器用に持ち替え、人型の剛剣をいなす。

「いきますよ」

 エリスは三人に声をかける。
 単純な二対一、また先ほどより動きが読みやすいので、苦労することもなかった。
 少女は鉄棍を投じ、後ろから人型の首に巻き付ける。

 そうしてから反対側――錘に全体重を乗せた。

 ペドフィに突撃しようとしていた人型は自ら首を絞めるも、
「ちっ……!」
 エリスの体重が軽すぎた。

 鎖はピンとはったまま、球体の錘が少女を載せたまま静かに動いていく。
 そんな人型にペドフィは無防備に接近して、攻撃を誘った。
 結果、奇しくも保っていたバランスを崩す羽目になり人型は自滅する。
 
 仰向けに倒れたところに、容赦のない三連撃が襲い掛かり――

「下手くそっ!」
 ペドフィが吠える。

「まさか!」
「おやっ?」
「……あぁ、神よ」

 一回目はまぐれだったのか、全員が顔面を狙った挙句に外した。
 
 しかし最初の空振りから予測していたのか、ペドフィは壁を蹴り、高く飛びあがった状態。
 果たして、全体重を乗せた短剣が見事、敵の顔面を捉える。刺さりこそしなかったが、かなりの衝撃を与えたはず。

「離れてください」
 すかさず、エリスの追撃。サディールから奪った武器を使いこなし、床を砕く一撃を人型の胸にお見舞いした。

「わぁっ凄い!」
「これは……っ」
「か、神よっ……」

 一度天井すれすれに錘を上げ――紐を垂直にピンとはらせてから、引き寄せる勢いで叩きつける。
 
 正しく使った際の威力に三人は引いていた。
 もっとも、誰一人として真似しようとは思えない。
 
 あんなのは持つ位置によって変わる、紐の長さの違いを完璧に把握していないとできない芸当。更にエリスは跳躍して、全身の力で錘を引き寄せていた。

「残るは一体」

 全員に聞こえるよう、ペドフィが声に出した。
 人型は飛沫となり、残りの一体に向かって流動してく。

「お三方はとりあえず、離れていてください」

 事実上の戦力外通告だが、三人――ネレイド、サディール、ユノは黙って従う。
 エリスとペドフィはあの恐ろしい武器を振り回しており、とても声をかけられる状況じゃなかった。
 その二人の前に、ニケは剣を持って構えていた。

「一つ余っているから、誰かやれよ」
 ネレイドの頭の上。置物と化している、羽虫型の初代がからかうように言う。
「たぶん、最後の一体はでかい的だぜ?」

 その言葉通り、鉄の飛沫は馬へと転じて人馬一体の魔物となった。また、剣に加えて槍も手にしている。
 あれだけ大きいと、横を通り過ぎるのすら難しいであろう。

「ほら、あれなら外す心配もいらない」

「……いいえ、人型以外は既に死んでいるので、狙いは限られるかと」
 サディールは冷静に、初代の言い分を否定した。
「それに流血封じがある以上、重量の違いは致命的ですよ」

 少なくとも、こちらが攻撃を受けるのは論外。
 かすっただけでも、致命傷と成り得る。

「おい、ちょっとこいつを投げてみろ」
 ペドフィが抜き身の短剣を放る。
 
「えっ? きゃー」
 関係ないネレイドが慌てる中、

「狙いは?」
 ユノは空中で掴むと同時に構える。

「人型の顔面だ」

 的を告げられるなり、投擲。
 短剣は激しく回転しながら、切っ先が人型に迫る。
 
 ――が、人型は手にした剣を振るい、床にはじき落とした。
 
「今のを防ぐ目と速度があるのか……」
 厄介そうにペドフィが漏らす中、ニケが敵に向かっていく。
「――おぃ! 一人で行く気か?」
 ペドフィは責めるように言うも、

「あれを走らせるわけにはいくまい!」
 返ってきたのは正論だった。

「――援護します」
 その意味にエリスも気づき、遅れながら続く。

「……くそっ!」
 ペドフィは自分を責めるよう吐き捨て、
「――何かないか?」
 意見を求める。

 そこには四人いたが、誰も勘違いしなかった。
 
 それぞれ分際を弁え、
「でかいのを殺す時は、昔から罠にかけるってのが相場だぜ?」
 ネレイドの頭の上で置物をしている初代が答えた。

「罠か」
「罠ですか」

 反応したのは、田舎育ちのペドフィとネレイド。

「さっきの反応を見る限り、人型の隙を衝くのは難しい。仕掛けるなら、馬のほうだな」

 サディールの言が正しいのか馬は死んだように動いていない。どうやら、人型の武器が届く位置では、止まったままのようである。
 そのおかげで、ニケとエリスの足止めは成功していた。

「なら、転ばせちゃいましょうか」
 ネレイドが提案する。

「しかし、どうやって? おれたちが鎖を引っ張ったくらいでは、無理だと思うぞ」
 ペドフィが指摘する。

 原始的な罠となると、教会育ちのサディールとユノには役不足だった。

「えーと、そうですねぇ……。まず、壁を壊して」

「は?」
「はぃ?」
「……神よ」
 
 仮にも王城だったので、全員が虚をくらう。

「壊した壁に埋め込むようエリスが使っていた鉄棍と錘を入れて、瓦礫やら使わない武器でどうにか固定できませんか?」

「できなくはない、な」
 かつて、王族でもあった初代が支持をする。

 となれば、他の者たちが拒む理由はなかった。

「……やるか」

 ペドフィが指揮を取り、念の為に用意していた鈍器を使って壁を打ち壊す。
 ちょうど膝の高さ。深く、穿つように壁を削り取る。
 空いた隙間に錘を埋め込み、反対側の壁には鉄棍。ぶつかる衝撃を考慮して、鎖が垂れる程度に調節。あとは瓦礫や盾、予備の剣や槍などで固定。

 これが外れたら話にならないので、負荷がかかりそうな鎖の間には布を噛ませておく。
 もっとも、布の用意はさすがになかった。

「これでいっか」 

 ネレイドは許可も得ず、エリスが囮に使ったベールを拾って使う。それでも足りない部分はユノのベールと祭服の裾を分けて貰い、どうにか間に合わせた。
 その所為で、ユノは腕と足が丸出しと煽情的な装い。
 しかしネレイドの服は聖なる遺物で、男二人の黒衣は魔力で象ったものだったので、どうしようもなかった。

「これで、馬くらいなら転倒させられるだろう」

 ペドフィが状態を確かめてから、鎖を隠すように全員で整列する。
 あとは二人を呼ぶだけだが、ここで問題が生じた。

「思ったんですけど、二人とも馬より早く走れませんよね?」
 ネレイドの疑問に誰も答えない。
「どうしましょう? 途中で、敵の標的を……変えられるかな?」
 なので仕方なく自分で考え、
「できます、ユノさん?」
 相手を選んでぶん投げる。

「わかりました。やってみます」

 投げられそうな武器は短剣が一本のみ。
 これで敵の気を引くには、正確無比な投擲が必要となってくる。

「用心はしておきますか。痛いかもしれませんけど、失礼を」
 紳士的に振る舞いながらも、サディールの表情と手付きはやけに厭らしかった。

「――そいつを走らせろ!」
 こちらの準備が整ったので、ペドフィが二人に呼びかける。

 足止めをしていた、ニケとエリスは罠を知らない。
 それでも、人馬を仲間たちの方向へ走らせようと目を向ける。
 
 ――と、何故か並んでいた。
 
 凝らして見ると、足の間に鎖の連結。あれで転倒させられるのかと疑問が浮かぶも、エリスは覚悟を決める。
 ニケは壁の破壊を目にして、小さく呻いていた。

「先に行ってください。わたしは跳べますので」

 そう言って、エリスが一人残る。
 足止めだけなら、最初の人型のほうがよっぽど難しかった。
 もしかすると、敵の目的も同じなのかもしれない。侵入者を食い止めることが至上で、倒すことは二の次。
 だから図体が大きくなった今、無駄に動く必要もない。

「もういいぞ!」
 ニケの声。

 どうやら合流できたようだと、エリスは人馬に背を向けて走り出す。
 武器が届かなくなるや否や、馬はステップを踏み、追いかけてきた。
 
 振り返る余裕はない。
 エリスは馬蹄の音を頼りに距離を測って短剣――ユノが最初に投擲したものをちゃっかり拾った――を進行方向の壁に投げつける。
 そして、突き刺さった短剣の柄を踏み台にして天井まで舞い、装飾にしがみ付く。

 この後は賭けだ。
 もし、槍を放られたら無傷では済まない。

「――はぁぁぁぁぁっ!」

 威勢のいい声に引かれて見ると、鎖の前にいたのはユノ一人だけ。
 この場にそぐわない恰好で、短剣を手にしている。
 誘うように二回ほど回って、黒い髪を振り乱しながら投じた。
 その後も何故か、ユノは逃げなかった。
 
 人馬は回転する刃を剣で弾いて――速度を保った。
 どうやら、標的を移したようだ。

 それを確かめてからユノは背中を向けるも、間に合いそうにない。
 エリスが最悪を覚悟する中、彼女はらしくない跳躍を見せ――その身体が空中で泳ぐ。
 彼女の身体は紐で縛られており、それを他の面々が引っ張ったようだ。かなり痛いだろうに悲鳴はなく、何故か関係ないネレイドのほうが叫んでいた。
 
 果たして、鎖が馬の前脚を捉える。
 
 それに気づかぬまま馬は先を急ぎ――金属が軋み、壁の岩が崩れる音。
 鎖は限界まで伸びるも、千切れやしない。
 ただ、それを繋ぐ支柱は限界だった。
 完全に、壁が崩れた。
 錘も鉄棍も引っこ抜かれ、床に叩きつけられる。

 なのに、誰一人としてその音に気付かなかった。
 そんなものよりも、人馬が転倒した音が凄まじかったから――

 (いなな)きや悲鳴がないぶん、その音は生々しく。
 まるで、聞く者たちに終わりを告げるようだった。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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