第45話 話し合いの結果
文字数 4,895文字
ここでサディールは、先代に意見を求めた。
「まだまだわからないことだらけだが、こいつに訊いても無駄なことはわかったからな」
羽虫サイズに言われ、マテリアの顔に明確な不満が浮かぶ。
「とりあえず、オレたちの目的は変わらない。このまま城塞都市アレサに向かう。もちろん、その過程で魔族を名乗っている奴らは殺して、困っている人間がいればついでに助けてやる」
それでも散々打ちのめされたからか、
「それよりも先に、五芒星の街を救っていただきたい」
だいぶマシな物の言い方になっていた。
「悪いが、おまえの話を聞いてますます救う気がなくなった。推測するに、黒幕はかなり用意周到な人物だ。だとすれば、五芒星の街を支配しているクズ共は時間稼ぎの囮ということになる。助けたかったら、おまえたち教会の手でやれ」
しかし、初代は聞く耳持たず――
「それにアルベの街とルフィーアの街を見た限り、救われるのは時間の問題だ。あんなクズどもじゃ、長くはもたない。勝手に仲違いをして、その隙を衝かれて解放される。教会だって全滅したわけじゃないんだろ?」
「……それはそうだが。その間にも罪なき人々が傷つけられ、倒れるのだぞ?」
「それは可哀そうだと思うよ。心の底からな。けど、その人たちが助けを求めているのは神であって、ひいては教会だ」
彼女の要請を一蹴する。
「つまり、今オレたちに助けを求めているのは教会だけってことさ。だったら、オレたちが助けるわけねぇだろ?」
相変わらず、初代の理屈はめちゃくちゃであった。
「そもそも、おまえに指示を出した人間が黒幕側の可能性がある以上、従えるかっての」
「それは……貴方たちの推測に過ぎない」
「だから、それを確かめにアレサへ行く。もし、そこに戦力が集結していて、オレたちを迎え撃つ態勢が整っていたら確実だ」
「聖都カギが滅んだ経緯をあなたが説明できるなら、わざわざアレサまで行かなくても済むんですけどね」
ここぞとばかりにサディールも加わり、マテリアを追いつめる。
「魔族の主戦力がいて、力でもってレヴァ・ワンを手にしたか。それとも、レイピストの血を引いた魔族が何食わぬ顔で選別に参加していたか」
「それは……」
「まぁ、今となっては後者の可能性が高くなりました。その意味、恐ろしさがわかりますか?」
聖都カギはたった一人に滅ぼされ、五芒星の街、及びその周辺は寄せ集めによって奪われた。
「もし、それこそが目的で既に達せられていたとすればなんの問題もありません。ですが、それらの全てが囮で、教会やレヴァ・ワンを足止めさせる為だけに成されたのだとしたら、必ず何処かに強力な戦力がいます」
そう言いながらも、後者だとサディールは確信していた。
「ちなみに、魔眼のような代物を扱える人物に心当たりはありますか?」
「魔眼?」
心当たりがないのか、マテリアは訊き返す。
「対象に眼球を取り付け、いわゆる透視や遠視といった役割を果たす能力です」
「そのような魔術は聴いたことすらない」
「となると、やはりアレは魔物の特性ですか」
最悪、自分の知らない間に開発された魔術や魔道具の線もあったが、どうやら違ったようだ。
「魔族の一人に付いていたんですよ。謎の目が」
更に言えば、アルベの街やルフィーアの街の至る所にもその目はあった。
「おそらく、魔物の特性でしょう。……そもそも、魔術でそのような真似ができるのですか?」
マテリアが怪訝な顔で問うと、
「私には無理です」
サディールは即答した。
「天才と称された貴方に無理なら、それは不可能と言って差しさわりがないのでは?」
「私が天才と云われていたのは遥か昔の時代ですからね。若い世代に期待したっていいでしょう?」
いけしゃぁしゃぁと、サディールは言う。
「しかし、残念です。せっかくこうして蘇ったのに、また魔物が相手ですか。どうせなら、人間の天才と技を競い合いたかった」
「おまえはただ人間を虐めたいだけだろ?」
初代が指摘するも、
「それは否定しませんが、嘘ではありませんよ。それに先代のほうが、その気持ちは強いのでは?」
サディールは同情を滲ませて返す。
「ばーか。どの時代であっても、オレと競い合える人間はいねぇよ」
そう言い切った初代の声音はどこか悲し気であった。自慢げでもなければ、独尊の気配もない。人はいつか死ぬ。そんな悲しい事実は告げるかのような悲哀に満ちている。
「……」
「……」
「……」
何故かレイピストたち(ネレイドも含む)が黙り込み、沈黙。
「……そこまでして、いったい何が狙いだというのだ?」
謎の緊張感に負けたのか、マテリアは恐怖に怯えながら口にした。
そうして、話を戻す。
ただの足止め、囮の為だけにこれほどのことをするなんて――
「さぁ? パッと思いつくのは二つ。一つはこの世界を支配すること。そして、もう一つはレヴァ・ワンを滅ぼすことですが」
二代目が考えながら口にして、
「世界を支配したいんなら、聖都カギと五芒星の街を手放す馬鹿はいない。となると、考えられるのはレヴァ・ワンを滅ぼすこと。そして、その方法の一つとして世界を滅ぼそうとしている」
途中から、確信を持った初代がかっさらっていった。
「全てを壊す気でいるんなら、支配なんてする必要ないからな。せっかく手に入れたモノを、簡単に手放したのも納得できる」
さも当然と言わんばかりだが、他の者たちにとっては信じられない思考であった。
「えーと、レヴァ・ワンを滅ぼす為だけに世界を壊す?」
受け入れられず、ネレイドはそらんじる。
「前にも言ったが、レヴァ・ワンは神の力を凌駕している。つまり、そいつを壊すよりも、世界そのものを壊すほうが簡単なんだ」
「簡単なんだ、じゃないでしょっ! 最終手段ならまだしも、本来の目的よりも楽という理由で世界が壊されるなんて……」
少女には納得がいかなかった。
「そういう訳ですので、私たちはアレサへ向かいます。もちろん、止めはしないですよね?」
初代がネレイドの相手をしている間に、サディールは話を付ける。
「……あぁ。何もわからない私に止める資格はない。だからといって、黙って行かせるわけにもいかない」
「では、どうすると?」
「……この娘を連れていけ」
マテリアは自分を介抱してくれている、銀髪の少女を差し出す。
「もし、貴方たちの推測が違った場合、ただちに報告して貰う」
「それは、そのお嬢さんが可哀そうじゃないですか?」
ある意味、大事で大切な重要な役ではあるものの、銀髪の少女の顔には微塵の嬉しさも誇らしさも見受けられなかった。
あるのは、ただただ絶望。
売られた生娘でさえ、ここまで酷い顔にはならないだろう。
「本来なら私も同行すべきだが、貴方たちはそれを許さないと言う。だから、これは仕方のないことなのだ。わかってくれ、エリス」
「わ、わかり、ました。その役目、つつしんで、お受け、いたします」
少女は震える唇で必死で紡ぐも、
「あのですね。このお嬢さん一人に来られても、非常に迷惑なんですけど? 必要なのは街の解放――犯され、傷つき、希望を失った人々を助けられる神官であって、こんな見習いじゃ話になりません」
サディールとしては勘弁して欲しかった。
「ぐ、愚弄するなっ! わたしは見習いなどではないっ! れっきとした神帝懲罰機関の一人だっ!」
あれほど怯えていたのにこれほどの啖呵を切るとは、よほど負けん気が強いのだろう。
「だとしても、あなたにできるのは身体を使って男を喜ばせるか、殺して楽に逝かせることくらいでしょう?」
「それを愚弄していると言うのだ! あなたの時代はそうであったかもしれないが、今は違う。確かにその手のことも教わりはしたが、ちゃんとした祈りや祝福だってできる」
耳元で甲高い怒鳴り声を聞かされているマテリアはさぞかし辛いだろうに、文句も言わずに黙っている。
一応、無理難題を押し付けている自覚があるのだろう。サディールが視線で尋ねると、エリスの言葉が真実であると頷いてくれた。
「ちなみに、人に指示を出すことはできますか? あなた一人が頑張ったところで、なんとかなる人数じゃありませんので」
「愚問だな。わたしたちは沢山の幼い姉妹たちに囲まれて生活している。それにこの祭服を纏った時から、年齢関係なく一人の司祭となるのだ」
だとすれば、サディール的には問題なかった。それにアベルの街のように、解放を一人でやるのは面倒である。
となると、問題は一つだけ。
「わかりました。では、少しだけ試させていただきます。正直、あなたを守る余裕はないと思いますので」
そう言って、未だ初代と言い合っていたネレイドに声をかける。
「お嬢さん。ちょっとこのエリスさんという方の相手をしてあげてください」
「……はぃ?」
「はぃ? じゃなくて、レヴァ・ワンの使い方を披露してもらうって言ったじゃないですか」
さぁどうぞと言われても、
「いやいや。こんなコ、相手にできるわけないじゃないですかぁっ!」
わかりましたと応じられる状況ではなかった。
「わたしを愚弄する気かっ!」
そんなネレイドの気持ちなど露知らず。
エリスは馬鹿にされたと勘違いして、食ってかかる。
「レヴァ・ワンに選ばれたからといって、調子に乗るなよ」
マテリアからそっと手を放し、土を踏み鳴らす。
「勝負だ、四代目レイピスト! 我が名は神帝懲罰機関が一人、エリス――神の剣がお相手する」
そうして、堂々とした振る舞いで名乗るなり、短剣を抜いた。
「……あの、サディール様? いったい、あのコに何を言ったんですか?」
状況は掴めないが、どうせロクでもない先祖の所為だろうと決めつけ、ネレイドは訊く。
「あの娘が私たちに同行したいと申しまして」
「それで?」
「性格的には虐めやすそうで私の好みなのですが、さすがにそのような理由で許可するわけにはいかないでしょう?」
「えぇ、当たり前です」
「神帝懲罰機関が同行するとなると、ペドフィ君が引き籠ります。そうなると、自分の身くらい自分で守って貰わないと迷惑なんですよ」
事情はわかったが、
「それなら私じゃなくても、サディール様が相手をしてあげればいいじゃないですか」
ネレイドは気が進まなかった。
「そろそろ、お嬢さんの実力も見ておきたいんです。これまでの道中、色々教えたことをきちんと身にできているかどうか」
「……でも」
「怖いですか?」
「はい。だって私、殺したことしかないですもん」
また、それしか教わっていない。
「実を言いますと、殺してくれてもいいんですよ。ただ、私たちは殺さないと誓ったものですから」
「……私にやれと?」
「いつぞやの森と、立場が逆になってしまいましたね」
自分が言った酷い台詞を思い出し、ネレイドは恥ずかしくなる。
「まぁ、それも含めてお嬢さんの実力を見せてください」
なんて酷い先祖だろうか。勝手に勝負するよう決めて、殺しても構わないなんて。しかも、相手は自分と同じ年頃の少女である。
「わかりました。でも、私は殺しませんから」
「あちらはやる気満々のようですが?」
ひそひそ話をしているのが気に食わないのか、エリスは刺すように睨んでいた。
「もしかしたら、私が殺されるかもしれないですね。その時はあとをお願いします」
「おや? 死にたいんですか?」
「人間に、女のコに殺されるのなら仕方ないかなって」
言葉とは裏腹に、ネレイドの笑顔は自然だった。
それを見て、サディールは喜ぶ。
「それでは、いってらっしゃい」
「えぇ、いってきます」