第78話 英雄ならば――

文字数 2,582文字

 油断していたつもりはない。
 単に相手のほうが一枚上手だっただけのこと。
 知らない武器――砲に意識を取られてしまい、弓矢の警戒を怠っていた。
 レイピストは人型になり、少女を支えながら地上へと下りる。
 
 ――と、その途中でネレイドを射抜いたであろう敵を見つけた。
 
 髪まで覆った白衣。石で作られた建物に溶け込む服装。人間に見えなくはないが、耳が明らかに長く鋭い。
 それに目が合った瞬間、瞳の色が切り替わった。
 肉食獣が愛玩動物に成り代わったかのよう劇的に――赤からピンクへ。黒い目もだいぶ大きく丸くなり、可愛らしく見える。

 レイピストは称賛する気持ちで、その女に視線を飛ばした。
 もっとも、女のほうは怯えている様子。胸に手を当て――不自然な膨らみから、右胸を削いでいるのに気づく。

「まさに最強の狩人だな」

 平和だと聞いていたこの時代で、効率よく弓を引く為に胸を切り落とすなんて尋常ではない。
 彼女が最強の弓使いでない限り、あり得ない覚悟であった。

「す……いません」

 初代の独り言に、ネレイドが反応した。

「大丈夫か?」
「は、い。このくらい……当然の報いです。今まで、私がしてきたことを考えたら……」
「……」
 
 これを罰と考える思考は危険であった。
 もし大勢に求められたら、自ら処刑場に上りかねない。

「でも……こんなに、痛いなんて」

 矢を受けたのは初めてなのか、早くも涙をためていた。
 
 痛いのはこれからだと知っている初代は、
「矢を抜くから我慢しろよ」
 地面に下ろすなり、矢尻を引き抜いた。
 
 「――んんっあぁぁぁっ!」

 覚悟をしていなかったネレイドは声をあげ、荒い呼吸を繰り返す。
 
「一応、傷は塞いだが痛みはどうしようもない。少し、休んでいろ。意識を傷口に集中しておけば、レヴァ・ワンがなんとかしてくれるかもしれん」

 魔術に拙いレイピストでは、表面の傷を塞ぐことしかできない。矢尻が腹部にとどまっていて良かったと、一先ず胸を撫でおろす。
 下からの狙撃だったので、もう少し威力があれば心臓まで傷つけられていた。その点では、射手が女であったことに救われたかもしれない。
 
「少し、嬢ちゃんの剣を借りるぜ」

 以前、初代は雑用をやらされるから人型にはならないと言ったが、それは正解ではなかった。
 もちろん、面倒なのは間違いない。
 
 が、正確には魔力で象られた身体を動かすのが苦手なのである。

 結局、今の身体を操るのは魔術の領分。
 だからこそサディールには容易いが、レイピストには難しい。
 加え、戦闘スタイルの問題。自らの身体で戦ってきたレイピストにとって、感覚のズレは致命的だった。
 彼にとっては、か細いネレイドの肉体を操るほうがマシと言える。

 それでも、状況的にやるしかないから少女の剣を取った。あえて自分とは違う剣を使うことで、いつものように戦えない事実を強く意識する。

「ペドフィ、おまえはいつまでそうしているんだ?」
 初代はネレイドの剣を肩に担ぐなり、投げかけた。
「本当、皮肉だよな。教会を毛嫌いしているおまえが一番、教会の影響を受けているなんて」
 返事はなくとも、
「だって、そうだろう? 初めて会った時のおまえなら、とっくに立ち上がっているはずだ」
 構わず続ける。

「目の前で、親を殺された子供がいたぞ。子供を奪われ泣き叫ぶ母親が、恋人を失い嘆く若者が、大切な家族を助けられず呆然とする大人たちが――」

 やはり逃がす気はないのか、敵の大群が見えてきた。

「死体に縋って泣いている子供が、亡骸を抱きしめる母親が、冷たくなった恋人に口づける若者が、大切な家族の肉片を集める大人たちが――」

 それでも、こちらが先だと初代は声を張り上げる。

「そしてそれを見て、許せないと憤った少女がいたぞ」

 仮にも、英雄と呼ばれた男。
 かつてのペドフィは恋人を殺され、傷つけられる人々を前にして戦う覚悟を決めた。

「そのコが傷つき、助けを必要としているのに――てめーは何をしてやがんだっ!」

 早くも、攻めて来た敵に苛立ちながらレイピストは吐き捨てる。
 
 同士討ちを嫌ってか、敵は一方に固まっていた。
 十人くらいが並んで砲口をこちらに向け、
「――撃てっ!」
 指揮官の合図で放たれる。

「風よ、魔の力に呪われるがいい」
 
 この身体では本来の戦い方はできず、付加魔術(チャージ)で応戦するしかなかった。
 剣に黒い風が絡みつき、一閃。
 
 砲弾は軌道を逸らされ、あちこちに散らばって破裂する。
 
 同時に罪のない人々の悲鳴も聞こえてくるも、この状況下で周囲に配慮をするほどレイピストはお人よしではない。

「レイピストっっっ! この鬼畜がぁぁぁぁっ!」
 女の声がしたと思ったが、向かってくるのは男と呼ぶべき異形の人型。
「このリビ・ジョニス様が貴様を殺してやるっ!」

 髪の毛と繋がった真っ白い体毛と、やたら大きい左腕が特に目立つ。次いで左右で違う目の形と色、鋭い耳と触覚のようにぶら下がっている黒い三つ編み。
 
 どう見ても、真っ当な進化を辿った種ではない。特別に秀でた部位が見受けられないどころか、無駄と思しきモノが多すぎる。
 ただ、聞き憶えのある名前。
 確か、レイピストの血縁を名乗っている統率者の一人――とはいえ、あまりに奇天烈な身体すぎて欲しいとは思えなかった。

 殺すか、と初代はこれ見よがしに切先を向ける。
 そうして、あろうことか剣を上へ放り投げた。

「――なっ!?」
 
 リビは馬鹿みたいに失速して、呆然とその軌道を追う。
 瞬間、レイピストは正面から飛び蹴りを浴びせ――防御した相手の腕を踏み台に、高く跳び上がった。
 そのまま空中で剣を取り、
「――逃げるなっ!」
 敵に向かってまさかの命令。

 聞く道理はないはずなのに、リビは見上げたまま棒立ち状態。完全に怯え、身体が竦んでいた。
 果たして、離れていた一人が短剣を投擲し――異形の左腕に突き刺さる。
 味方に攻撃されたことに驚いてか、それとも投擲の衝撃によってかリビは間一髪、窮地を脱した。

「ちっ!」
 
 殺すつもりだったが、左腕を斬り落としただけ。
 やはり、この身体では調整が効かない。途中で刃を逸らすこともできず、最初に狙った位置に振り下ろすしかなかった。

「――撃てっ!」

 味方を巻き込むつもりかと思いきや違う。
 砲口は初代ではなく、無防備に座り込んでいるネレイドを狙っていた。
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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