第71話 レヴァ・ワンを狙う弓
文字数 3,852文字
ネレイドは空から地上へと降り立ち、大胆な剣舞を披露する。
敵に相応の知能があれば隙だらけと狙われるだろうが、魔物に対してはなんの問題にもならない。
彼らにとって、レヴァ・ワンは恐怖の対象。それも本能に刻まれたモノなので抗いようはなく、当然の選択をする。
――すなわち、自分の武器を最大限に振るう。
その辺りは獣と一緒だった。
四足獣は飛びかかるしかなく、翼を持つモノたちは空から急襲。特殊装甲を持つ生物は身を固めて隙を伺い、隠密型は狭い穴や周囲の景色に溶け込んでチャンスを待つ。
魔物たちは本能でレヴァ・ワンを恐れると同時に、人間を餌だと認識していた。
だからこそ、逃げずに襲いかかってくる。
「りゃぁっ!」
自分には大きすぎる剣を扱っているからか、ネレイドは振るう度に威勢のいい声を吐き出す。
「たぁっ! はっ! せいっっ――のっと!」
長い持ち手を最大限に使い、掌だけでなく時には手首や甲を支点に刃を翻す。抜群の切れ味なので、斬るのに力はいらない。
必要なのは勢いと、それを生み出す技術のみ。
暗闇に目が慣れてきたので、だいぶ魔物の姿も見えるようになってきた。本当に色々な形がいるのだと、感心しながらも殺す。
全身を鋭利な針で覆ったモノ、亀のような硬い甲羅を持ったモノ。
通常であれば攻撃を躊躇わされるが、レヴァ・ワンであれば気にすることはない。絶対に防げるはずがないのだから、相手が防御態勢を取った隙を逃さずぶった切る。
剣を振るうタイミングで隠密型の魔物たちが襲いかかるも、背中の翼を強く羽ばたかせることで、ネレイドは対処していた。
それでも、過信はしない。
翼で防げるのは隠密型――基本的に小型の魔物だけだからだ。
そういった意味でも、ネレイドはレヴァ・ワンを身体ごと振り回していた。
常に周囲を見て警戒。
こちらは人間に刻まれた本能か、自分よりも遥かに巨大なモノは何故か見逃すことがなかった。
見えなくても、目が向いた方向にいるとわかる。身体に緊張が走った時がそうだ。その際はあえて向かっていく。気づいてしまうと、背中を見せるのが怖いから――真っ先に始末する。
そこにいたのは、熊の倍はある大きな塊だった。
手足も顔も定かではなく、どうやって生きているのか不思議な代物。水みたいに、風を受けて表面が揺れている。
と、目の前で巨体が開いた。
まるで、こちらを包みこむようにくぱぁっと。
「柔らかい不定タイプだ。側を斬っただけじゃ意味ねぇから、ぶっ壊せ」
初代の言葉に従って、ネレイドは飛んだ。
「でぇぇやぁっ!」
その巨体と軟体から、本来であれば空の敵は脅威ではないのであろう。なんの反応もみせずに、振り下ろされた剣で巨体は真っ二つに分かれた。
「馬鹿っ!」
初代の罵声。
分かれた塊がネレイドを挟むように迫る。
「わっ!」
少女はレヴァ・ワンを残したまま、空へと逃げ――巨体の身体が弾けた水のように飛散した。
「オレは壊せと言ったのに、なんで真っ二つにしてんだよ」
地面に残された初代が文句を言う。
「……もっと、わかりやすくお願いします」
しかし、ネレイドは素直に聞かず言い返した。
「今のが、群れのボスだったんですかね?」
地上に降り立った少女を他所に、魔物たちは互いに殺しあいを始めていた。
「かもな。だったら、他の場所へいくぞ。そろそろ、最初に襲ってきた血の気の多い奴らも来る頃だ」
「はーい」
ネレイドは飛翔して、場所を移す。
纏めて魔術で吹きばしたくなるも、取り逃しがあったら厄介なので我慢。あくまで人間の姿を見せてやらないと、魔物たちは恐れて逃げてしまう。
だから面倒でも、可能な限り剣で殺しまわっていた。
石の街で寝起きしていたヘーネルは、早くもレヴァ・ワンの戦闘を観察していた。
場所は第二の壁の上。そこから
アレクトであれば飛行の軌道を容易く読めるが、いかんせ攻撃手段がない。
魔術が効かない以上、攻撃は弓か魔導砲に限られるも前者は技量不足で後者は命中率が悪すぎる。
その為、感知能力は劣るものの、弓の名手であるヘーネルが狙撃を任されていた。
「本当に女の子なんだな」
困ったように漏らしながらも、その目だけは真剣なまま。
レヴァ・ワンを倒す為に今まで鍛錬してきたのだから、相手が誰であれ殺す以外の選択はなかった。
白いヴェールからはみ出した赤い髪は長く、顔は小さい。異様な四肢と巨大な翼とは関係なく、身体つきも華奢に見える。
その所為で、狙える的は少ない。
奇しくも、どうして振るえるのかわからない大きな剣が、鎧や盾よりも厄介な代物となっている。
普通の装備であれば、基本の扱い方があるので予測もたてやすいが、ああも独創的だと難しかった。
魔術を使えるのは、狙いを定める目と弦を引く時のみ。矢は当然、普通の代物。おそらく、黒い四肢と翼に致命傷を与えることはできない。
加え、祭服の下がどうなっているかわからない以上、狙う場所は限られた。
それにできるだけ、最初の一撃で仕留めたい。
色々と手は打ってあるものの、レヴァ・ワンが本気になったら、こちらに勝ち目があるとは思えやしなかった。
相手は街を一振りで屠る化け物。
また多くの魔物だけでなく、人間の少女たちまで犯してきた鬼畜の末裔である。
自らの命に危険が迫っているとわかれば、躊躇うことなく人質ごと街を吹き飛ばすに違いない。
だからこそ、必殺の一撃が求められた。
窮地を感じさせることなく、殺すのが最適解。
その為にも、ヘーネルは自分の右胸をそぎ落としていた。胸があった時でも他の者の追随を許さない技量を誇っていたが、更なる高みを求めた結果、そうする他なかった。
獲物は最強にして鬼畜。
努力と工夫を怠るわけにはいかない。
もっとも、アレクトはその選択を哀しんでいた。
男たちも別の意味で悲しんでいた。
しかし、ヘーネルにとってはどうでもよかった。
人間とかけ離れた鋭い耳を持っている時点で、伴侶を得ることなど叶いはしない。その上、瞳は猫のように昼と夜で色が切り替わるし、肌の色は病的に白いときた。
結果、人間社会で暮らすことなく、誰もいない森の中でひっそりと生活をしていた。
ただ、先祖たち全員にこの特徴があったわけではない。
だから、ヘーネルは一人だった。母親が死んでからは、ずっと一人で生きて来た。
そんな彼女を見つけたのがアレクトである。いったいどういう感覚をしているのか、どれだけ隠れても彼女には通用しなかった。
そのアレクトの話を聞いて、ヘーネルは自分が魔物とレイピストの子孫であると知った。
が、特になんとも思わなかった。
むしろ、確かな理由があって嬉しかったくらいだ。
それなのに、レヴァ・ワンを殺す計画を聞かされた際、言いようのない衝動に呑まれた。
話の段階ですら、大勢の人を殺して苦しめるとわかっていたのに、躊躇う気持ちは微塵もなかった。
不思議だった。
人に関ってはいけない、恨んではいけないという死んだ母親の教えよりも、会ったばかりのアレクトになびくなんて。
それが確か三年ほど前。年は数えていないのでわからないが、周囲が言うには二十歳に届かないくらいとのこと。
おかげで、アレクトに紹介された男たちからは随分と舐められて、腹立たしい思いもした。
もっとも、すぐにその勘違いは正してやったけど。
そういう意味でも、弓は良かった。相手がどれだけ強くても、油断している所に射込んでやれば大人しくさせられる。
「……」
胸をそぎ落としてから二年は経ったので、もう違和感もない。
それも今日、この日の為である。
ヘーネルは頭の中で、飛び回る赤毛の少女を追い求める。攻撃の際はこう、避ける際はそう――駄目だ、まだ全然違う。
「もうっ、リビみたいに単調ならいいのにっ!」
装備もそうだが、動きにも決まった型が見当たらない。察するに、戦いに身を投じてから日が浅いのだろう。
「まるで獣……」
ヘーネルはこれまでの鍛錬の日々を忘れる。
そして、過ぎ去った日々を思い出す。
森の中で獣を追い続けた毎日。獣との駆け引き。そこには、戦い慣れた者たちのような一連の流れはない。
逃げる時は逃げ、仕かける時は仕かける。
そう、大事なのは隙を逃さないこと。
推測も大事ではあるが、それだけでは獲物を倒せない。
たとえ予測していたのとは違った動きを見せたとしても、隙さえあれば倒せるのだ。逆に隙を見落としてしまえば、どれだけ先読みしていたしても仕損じてしまう。
「……」
再び、ヘーネルは観察を続ける。
黙って見続けて、殺せると思った瞬間、弓を引く動作へと移る。
何度も何度も――その時に備えて、現代を生きる最強の射手はレヴァ・ワンを狙っていた。