第94話 王都ヴァンマリス

文字数 4,211文字

 城塞都市クリノから三日が経った昼頃、ネレイド一行は王都ヴァンマリスへと辿り着いた。

「あれがお城なんだー」
 緊張感のない声はネレイド。
 双剣を模した尖塔を見上げ、全貌を見られるのが楽しみだと言う。

「あなたは本当に……」
 エリスが呆れたように漏らすも、言葉とは裏腹に瞳は称えていた。

「ご覧の通り、この正門を通らない限り中には入れません」
 サディールが説明する。
「王都の城壁は自然の霊山ですので、さすがに壊すのは躊躇われます」

 王都とその奥にある聖都は山に覆われていた。とはいえ、決して登れないモノではなく、普通の女性でさえ踏破できるとのこと。

「立派な門ですね」

 山と調和していながらも、人間らしい装飾を兼ね備えている。機能性だけでなく、優美さも追及された一つの芸術品。

「閉じられているのは、初めて見ました」
 サディールの言葉に誰もが頷く。

「オレもだ」
 あの初代でさえ、この門は常に開かれていたと口にした。
「この近辺は、魔物も猛獣もでてこなかったからな」

 扉は黒いが金属ではない。また石で作られた表面は均されてはおらず、所々に無骨さが残っていた。
 しかし、隣接する山々のおかげで欠点にはなり得ず、むしろ自然の扉として完成していた。

「やはり、上からも無理ですね」 
 サディールは門を超える高さから目を飛ばすも、弾けて消えてしまった。

「じゃぁ、壊しちゃいます?」
「少し、整理してからにしましょうか」

 呑気なもので、ペドフィを除くレイピストたちは葡萄酒を温めて、呑み始めた。

「王都は五芒星を象っています。つまり五つの点を有しており、それこそが結界を構成する力点となっている」

「えーと、たぶん私以外はみんな知っていると思うし。私は興味ありませんので、飛ばしていいですよ?」
 ネレイドはぶった切り、

「わかりました」
 サディールも応じた。

「私たちの推測では、この結界は魔の存在によるもの。では、何処に配置されているかと言いますと当然、五つの点でしょう。中心には城があり、王がいるはずですので」

 誰も異論は挟まなかった。

「そして、その頂点となるのがこの門。これを壊せば、結界は力を失うと思います」
 その代わりと繋いで、
「封じられていた、四体の魔が解放されるかと」
 注意事項を告げた。

「正直、ユノさんとニケさんでは勝負にもなりません。大人しくここで待っていただけると助かるのですが――まぁ、無理でしょう」

 二人は硬い顔で頷く。
 気持ちだけでなく、立場的にもここで待つわけにはいかない。
 王家を守る剣と神の剣――どちらも、振るわれる時であった。

「お二人は王城まで行って、王子を救出してください。建物に配慮をする余裕がないかもしれませんし、結界の魔力によって中で魔物が誕生した可能性もあります」

 結界発動中は大丈夫だろうが、それがなくなれば王や王子から守護は失われるはず。

「――命に代えても」
「その命に従いましょう」

「いえ、命は大事にしてくださいよ。二人が死んでしまうと、否応なしに私たちが恨まれるんですから」

 それに旅においては二人とも便利だったので、いてくれたほうが助かる。

「で、私たちはちょうど四人いますので。それぞれ、散って戦いましょう」

「大丈夫なんですか?」
 ネレイドが心配そうに訊く。

「わかりません。ただ、纏めてお嬢さんが相手にするのも危ないかと。集団戦になると、色々と被害が増えますからね」

 建物の崩壊に始まる予期せぬ攻撃。
 レヴァ・ワンを持つネレイドはともかく、他の人間にとっては一緒に戦うほうが危険極まりない。

「もし、一人で倒せるようなら倒してしまって構いません。無理そうでしたら、時間稼ぎ。それすら叶わなければ、お嬢さんに救援を求めるということで」

 ペドフィとエリスが頷く。

「お嬢さんは可能な限り早く目の前の敵を倒して、援護をお願います」
「はーい」

「では、いきましょうか」
 サディールの言葉を合図に、初代が大剣を象る。
 
 本物の神剣レヴァ・ワンを目の当たりにして、ニケとユノは動揺を隠せないでいた。
 大人一人、後ろに隠せるほどの幅広と長さ。夜の闇すら呑み込む、漆黒の刀身。柄から持ち手に至るまで真っ黒で、手に触れるのさえ躊躇われる存在感。

「――ていっ!」

 それをネレイドは足蹴にした。
 正確には持ち手の下に足を入れて、蹴り上げた。

「――なっ!」
「――あぁっ!」

 罰当たりな、と言わんばかりの悲鳴があがるも、少女は気にしない。
 持ち手をしっかりと掴み、四肢に闇を纏う。
 同時に背中から翼をはやして――飛び立った。

「――でぇぇぇやぁぁぁぁぁっ!」

 門の高さまで飛空して、勇ましい声と共にぶった切る。
 硬い岩の扉に見えたが、レヴァ・ワンは人を切るより容易く割いてみせた。
 そうして、刀身に赤い紋様が奔る。
 結界とそれを構成していた魔を食らって、興奮しているようだった。

「わー、凄い」

 事実、扉は開いたというよりも消失していた。

「では、ご武運を」
 真っ先にサディールの無数の目が中へと入り、本人も続く。

「気を付けろよ」
 その後をペドフィ。

「気を付けて」
 竜の四肢と翼に尻尾のエリス。

 前もって話し合っていたのか、それとも先着順なのか――サディールとペドフィは左右に分かれ、エリスは左寄りに飛んで行った。
 
 なので、ネレイドは残った右寄りに飛ぶ。
 
 それを見届けてから、ニケとユノは走り出した。付加魔術(チャージ)による脚力強化により、獣を上回る速度で馳せる。

「……思ったよりも、厄介そうですね」

 分担と言いながらも、サディールは目を全方向に飛ばしていた。
 が、早くもそのすべてが消し飛ばされてしまい、独り言ちる。

 瞬間、前方の家々が吹き飛んだ。
 いや、あらゆる方向から滅びの音が響き渡る。

 爆炎、落雷、飛瀑、凍結、暴風、崩壊――そして、溶解。

 暴力的な多重奏の中、物静かな溶解音を聞き逃さなかったのは、一番近かったからに他ならない。
 進行方向に向かってサディールは再び目を放つも、相手の姿を視界に収めることすらかなわなかった。
 
 見えたのは緑色の霧。
 毒性ではあろうが、数秒は飛んでいられたし、衝撃を感じたことからして目を潰したのは別の何か。

「まぁ、この身体で空中戦は難しいので助かりましたよ」

 建物は溶け、残った瓦礫も泡を立てていた。
 サディールは目以外を闇に包んで、慎重に距離を詰めていく。
 臭い。とにかく臭い中を進む。
 周囲には目を浮かせたまま、およそ五十の目と共に緑色の霧をかき分ける。

 やはり、臭いだけで霧自体に力はない。また、何も飛んでこない。
 間違いなくこちらに気付いており――対話を望んでいる。

 証するように、ソレの周囲は霧が晴れていた。

「……」

 そうして、サディールは目を合わせる。
 五十にも及ぶ、全ての目と目が交差する。

「ハジメマシテ、オマエ……人間ない、ゾ」
「……失礼な。これでも人間ですよ」

 一言で説明するのなら、虫であろう。
 けど、それも決して正しくはない。

「違う。人間、ない。だから怖くない、ゾ」

 不気味な声。
 まさに虫が喋れば、こんな感じだろうと思わせる不快な響き。

「ところで、あなたに名前はあるのですか?」

 大きさとしては人間の三倍程度。形も似ているのか、二足歩行に見える。
 ただ、その身体はおびただしいほどの蛆虫に(たか)られており、肌や体毛はおろか、顔すらも定かではなかった。
 また、それとは別の虫が周囲に飛散している。形としては開いたダンゴムシなのだが、腹の中に大きな目が一つ。

「魔獣ムスカペニア、だゾ。オマエは?」

 その姿で礼儀を弁えられると、かえって不気味である。

「サディール・レイピスト」
「そうか、サディール。死ぬ、人間ない、レヴァ・ワン怖くない、ゾ」

 こちらがレヴァ・ワンと知っての台詞。
 柄にもなく、サディールは背筋を冷やす。

「なら、レヴァ・ワンの元へと案内してさしあげましょうか?」
「それも無理。人間ある、レヴァ・ワン怖い。だから、オマエ死ぬ、ゾ」

 ムスカペニアの言葉と共に、大量の虫が湧いた。
 ここまでかき分けてきた緑の霧がすべて虫へと転じ、完全に退路を塞がれてしまった。

「……やってくれますね」
「オマエ、ワタシ舐めていた。ワタシ、オマエ舐めなかった、ゾ」

 腹立たしいことに否定はできない。
 最悪、ネレイドに頼めばいいからと、判断を見誤った。
 時間稼ぎに徹するのなら、何もここまで接近する必要はなかったのだ。
 余裕と好奇心から、のこのことやって来た自分をサディールは恥じ入る。

「……そうですね。私は今まで、ずっと相手を舐めてきました」

 特に、生前は本気になったことすらなかった。遠くにいる敵は一方的に蹂躙し、接近戦になれば初代に任せる。

「ですが、自分が最強だと思ったことは一度もありません」

 なんせ、常に初代の影があった。
 絶対に敵わないと思わせる存在が一番近くにいた。

「そして、私はこれでも負けず嫌いなのですよ」

 だからといって、初代に勝つ方法を考えたことがないわけではない。幾度となく、頭の中で戦略を組み立てたことだってある。

「なら、戦うか?」
「本当、礼儀正しくて嫌になりますね」
「礼儀、大事。レヴァ・ワン、人間が教えた、ゾ」
「……真にレヴァ・ワンに選ばれた者というのは、やはりとんでもない人なのですね」

 とてもじゃないが、サディールには真似できそうにない。こんな悍ましい魔物に礼儀を教えるなんて、正直あり得なかった。

「えぇ、戦います。なんでしたら、周りの虫を引っ込めて全力できてもいいですよ?」
「ワタシ、馬鹿じゃない。そんな手には乗らない、ゾ」
「そうですか」

 半分以上本気だったのだが、ムスカペニアは信じなかった。
 だったら、全力を出す前に叩き潰してやると、サディールは戦闘態勢を取る。

「では、参ります」
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登場人物紹介

 4代目レイピスト、ネレイド。

 長い赤髪に緑の瞳を持つ少女。田舎育ちの14歳だけあって世間には疎い。反面、嫌なことや納得のいかないことでも迎合できてしまう。よく言えば素直で聞き分けがよく、悪く言えば自分で物事を考えようとしない性格。

 もっとも、先祖たちの所為で色々と歪みつつある。

 それがレイピストの血によるモノなのかどうかは不明。

 初代レイピスト、享年38歳。

 褐色の肌に背中まである銀髪。また、額から両頬にかけて幾何学的な刺青が入っている。

 蛮族でありながらも英雄とされ、王家に迎えられる。

 しかしその後、神を殺して魔物を犯し――最後には鬼畜として処刑された忙しないお人。

 現代を生きる者にとってあらゆる意味で非常識な存在。

 唯一、レヴァ・ワンを正しく剣として扱える。

 2代目レイピスト、サディール。享年32歳。

 他者をいたぶることに快感を覚える特殊性癖から、サディストの名で恐れられた男。白と黒が絶妙に混ざった長髪にピンクに近い赤い瞳を有している。

 教会育ちの為、信心深く常識や優しさを持っているにもかかわらず鬼畜の振る舞いをする傍迷惑な存在。

 誰よりも神聖な場所や人がかかげる信仰には敬意を払う。故にそれらを踏みにじる存在には憤り、相応の報いを与える。

 レヴァ・ワンを剣ではなく、魔術を行使する杖として扱う。

 3代目レイピスト、ペドフィ。享年25歳。

 教会に裏切られ、手負いを理由に女子修道院を襲ったことからペドフィストの烙印を押された男。

 黒い瞳に赤い染みが特徴的。

 真面目さゆえに色々と踏み外し、今もなお堕ち続けている。

 レヴァ・ワンを闇として纏い、変幻自在の武具として戦う。


 エリス。銀色の髪に淡い紫の瞳を持つ16歳の少女。

 教会の暗部執行部隊で、神の剣を自称する『神帝懲罰機関』の人間。

 とある事情からレイピスト一行に同行する。

 アイズ・ラズペクト。

 竜殺しの結界により、幾星霜の時を湖に鎖された魔竜。

 ゆえに聖と魔、天使と悪魔、神剣レヴァ・ワンと魔剣レヴァ・ワンの争いにも参加している。

 現在はペドフィが存命中に交わした『レイピスト』との約束を信じ、鎖された湖で待ちわびている。

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