第112話 水鏡が映す真実
文字数 4,385文字
サディールはまず、簡単な答えを提示して考える時間を稼ぐ。
「あぁ、そうだ。大選別だけは、抜かりなく終わらせたかった。私の傀儡ではないレイピストの血縁は、邪魔になるとわかっていたからな。急いで大選別を終えていない村を襲わせたものの、結果はご覧の有り様だ」
ナターシャは困ったように息を吐く。
「やはりいつの時代であっても、血気盛んな若者を抑えつけるのは難しい」
事実、若者の独断があったからこそ、レヴァ・ワンの封印は解かれた。
もしピエールが大人に従っていれば、ネレイドは四代目レイピストにはならなかったはず。
生まれ育った村、もしくはそこに至るまでのディリスの森で朽ち果てていたに違いない。
かつて、初代レイピストが指摘したように――
レヴァ・ワンを持っていなければ、ネレイドの命運は母親たちと共にあの場で尽きていた。
「なるほど。五芒星の街から外れた場所に魔族たちがいたのは、そういう理由でしたか」
大筋から逸れた質問とわかっていながらも、サディールは訊く。
「――で、大選別を終えていなかった村はすべて滅ぼしたのですか?」
それは大事なことであった。
少なくとも、ネレイドにとってはとても大事なことである。
帰る場所が残っているか否か。
僅かでも、救われるのかどうか。
子孫の為を思い――サディールは問いかける。
「さて、な。四代目レイピストが確認できた時点で撤回命令はくだしたが、素直に従ったかまではわからぬ」
「あなたが四代目レイピストを確認したのはいつですか?」
「あれは……ディリスの森と言ったか? 魔族に付けていたアレクトの目が潰された時、確信した」
「そう、ですか……」
となれば、最悪の可能性はあった。
あそこで殺した魔族たちの他にも、村を襲っていた部隊がいたとすれば?
そしてその者たちが命令に従わず、目先の略奪と支配に走っていたら――ネレイドの村も滅ぼされてしまっている。
しかも、彼女の幼馴染のピエールも殺されたかもしれない。彼は一度、故郷の村に戻ると言っていた。
もし、その時までに神帝懲罰機関が解放していなければ……。
「……」
サディールが関係のないことに頭を悩ませていると、
「自分がそう仕向けたとはいえ、こうも信心深く融通が効かないとはな」
ナターシャは手のかかる子供を見るように、エリスとユノに目をやった。
「……おや? エリスさんが私たちに同行したのも、意外でしたか?」
相手の想定外が嬉しくて、サディールは嫌味っぽく反応する。
「マテリアが
「人は人を許せるんですよ。たとえ嫌いであってもね。それに嫌いなままでも、上手くやっていくこともできます」
しかし、ナターシャの口調から察するに、想定外ではあるものの結果には問題ない。
結局、計画の要であろうマテリアの行動は決裂した時と同じ。
つまり、ナターシャの計画を潰したければ、あそこでマテリアを同行させるのが正解だったというわけだ。
「私たちが、五芒星の街を無視するのも読んでいたんですね」
「一つだけは、解放させるつもりだった」
「まぁ、そのおかげであそこにいた自称魔族たちが傀儡の傀儡――いや、餌に誘われた哀れな虫たちとわかりましたからね」
皮肉を口にしてやると、またしてもナターシャは笑っていた。
「お主もレイピストも、目の前に提示された問題を素直に解決するとは思えなかったからな。必ず、裏の裏を読むと信じていたよ」
「おやおや、気づかぬ内に期待に応えてしまっていたんですね」
先ほどの笑い方からして、何か見落としていることにサディールは気づくも、答えは見つからなかった。
「私たちを旧聖都側におびき寄せたかった。だけど、マテリアさんは
「その通りだ。もっとも、竜が来たのは予想もしていなかったよ。実に嬉しい誤算だ」
殺しやすくなった、という言外の言葉も読み取って、サディールは推論を組み立てる。
「私たちがこちら側にきた時点で、アレクトさんたちの役目は終わっていた」
「一応、あの者たちがレイピストを倒してくれる期待はしていたさ」
答え合わせというだけあって、採点者は余裕だった。思考に時間を費やすことな
く、すぐに答えを口にする。
「ここは住民を含めて灰燼と帰したのに、王都には猶予を与えていましたね。あなたが追い求める、
が、ここきて間が空いた。
「あの場所は唯一、彼女に通じるところだったから……」
その上、答えは感傷的かつ少女みたいな笑みが添えられていた。
「王都とこちらに封じられていた魔は? 何体かは望んで封印されていたようですが」
感情的な話は面倒臭いとサディールは話題を変えるも、
「みんな……彼女が遺してくれた世界をすぐに壊すのは躊躇われたんだ」
ナターシャはまたしても感傷的な答えを提示した。
「……そこに、打算はなかったと?」
いい加減にしてくれという気分でサディールは水を向ける。
「もちろん、あったさ。人間に魔剣レヴァ・ワンを拾って貰う為には、彼らは邪魔だった。あんな化け物たちに守られていたら、初代レイピストでさえどうしようもなかったはずだ」
「それはどうでしょうか? というより、彼らに協調性があったとは思えないので案外、自滅していたかもしれませんよ」
「あぁ、きっとそうだろう。だからこそ、眠って貰った」
「問答無用ですか?」
「大半はそうだ。でも、話を聞いてくれたモノは説得した。なんだかんだ言って、みんな彼女を偲んでいたのかもしれない」
その辺りの流れは推測通りだったようだ。
「もっとも、ヴァンダールに関しては一番の想定外だ」
「……自称、審判者の神様ですっけ?」
「壊れた身体を人間の祈りで補修したからか、随分とおかしくなってしまったようだ。だろう、アイス・ラズペクト」
呼ばれ、エリスの身体から小さき竜が姿を見せる。
「また、随分と可愛い姿になったものだ」
「お主こそ。もう、彼女を真似るのは止めたのか?」
その会話を聞いて、
「どういうことですか?」
エリスが口を挟む。
さすがに我慢の限界なのか、顔が紅潮していた。
「ちょっと時間がないんで、ペドフィ君お願いします」
いきなり振られたペドフィは嫌な顔を浮かべるも、渋々といった様子で説明役を務めてくれた。
そうして、人外たちの集いで纏め上げた推論――少女の翼こと、堕ちた天使について語りだす。
「では、感情論を抜きにしたお話にしましょう」
その間に、サディールは話を纏める。
「あなたの目的はお嬢さん――いえ、レイピストを殺して
「あぁ、それが本来の目的だ。ただ転生を繰り返し、何度か違う人間として生きて来た結果、私はもう私ではなくなってしまっている」
「今更、後悔ですか? で、私たちに協力してくれると?」
言い出しっぺにもかかわらず、嫌味の為だけにサディールは感情論を持ち出した。
「いや、ナターシャとしても今更止めることはできない。私は目的の為に大罪を犯した。罪を犯すことが目的だったお主とは違う」
「だから、自ら処刑台には上れないと。じゃぁ、ここで殺し合いですか?」
「必要とあれば。だが、私はそれを望まない。私が私に戻る為の手段はまだ、残されている――」
ペドフィの説明が終わったのか、剣呑な雰囲気を漂わせて皆が戻ってきた。
「先生――マテリアさんは?」
エリスは声を怒らせて、問う。
「どれ、水鏡の観測を見せてやろう」
全員が顔に疑問を浮かべる中、ナターシャは呪文を唱える。
すると、周囲の水が赤く染まっていった。
が、それは一瞬のこと。
徐々に、水は清冽となる。
「私はこのままでも充分だが、わかりやすく投影すると――」
水が飛沫をあげて、世界を象る。
水の一滴一滴に鮮明な映像が映し出され、それらが寄り集まって巨大な壁画を完成させた。
「これが私たちが住む世界だ。もっとも、陸地が繋がった部分だけだがな」
サディール意外の全員が、食い入るように見ていた。
「これがあったからこそ、人間は魔境を攻略しようとしたのだ」
その先に安全な地域があるのを知っていたからこそ、多大なる犠牲を払ってきた。
「そして、これが現在――魔境と化した場所だ」
透き通るような映像の一部が、赤く染まっていく。
一つは旧聖都カギ、魔を統べる神に依るものだろう。
「……これが、目的だったんですね」
残りの五カ所に気づいて、サディールが絞り出すように吐き出した。
「土地を穢す為だけに、五芒星の街を占拠させたのだな?」
らしくない口調に、一人を除いた全員が面食らう。
もともと、サディールが神聖な場やモノに対して強い拘りを持っているのをペドフィは知っていた。
「そうだ。だから、レヴァ・ワンに解放されるのは一つに留めておきたかった」
魔を喰らう者がいれば、どれだけ土地を穢そうとも意味がない。
「そして、他の四つは神帝懲罰機関の主導で解放させたかった。彼女たちであれば、容赦なく魔族を名乗る人間どもを殺し、数多の血を流させてくれるからな」
魔力は血に宿る。
一人一人は少なくとも、大量の血となれば馬鹿にはできない。
現に水鏡に映る四つの街は赤く染まっていた。
「エリスよ、これが先ほどの答えだ」
急に言われるも、少女は理解できていなかった。
「マテリア――
言葉の意味に気づいて、エリスとユノが崩れ落ちた。
膝を付き、手で口を覆って、声を振るわせ――
「……」
なんとなくではあるが、ペドフィとニケも事態の最悪さは悟っていた。
わかりやすく、水鏡が教えてくれている。
一つはレヴァ・ワンによって解放されたにもかかわず、五芒星の街はすべて赤く染まったまま。
しかも、こうして見るのが正しいのか、水鏡において街は逆五芒星を描いていた。
「堕ちた天使を呼び起こすのに、相応しい仕掛けだと思わないか?」
舞台は聖なる五芒星の街。
贄は神を信じる生娘。
そして、中心には聖都カギ。
「悪趣味ですね」
魔族の血と
贄は偽りの神を信じた哀れな女。
その中心にあるのは滅んだ聖都カギ。
「なんとでも言うがいい。私は私を見ることで、本来の私を取り戻す」
堕ちた天使はサディールの想像以上に狂っていた。
「理想としては、私が
「させるわけないでしょう?」
もう、言葉に用はなかった。
サディールの中で、この女は殺すべき相手と決まった。
「あなたはここで死になさい」