第111話 答え合わせ
文字数 3,544文字
エリスの報告を聞くなり、
「では、お嬢さんのお言葉に甘えましょうか」
サディールは即断した。
「そうだな。そういう状況なら、先に済ませておきたい」
ペドフィも同じ意見のようである。
「理由を訊いても?」
エリスは素直に尋ねる。
「構いませんが、移動しながらにしましょう」
一行は旧聖都カギの入り口にいた。
ここから先は街の残骸が酷いので、馬車ではなく足で移動する。
速度的に話をする余裕があるとは思えなかったが、
「この時代が終わる前に真相を知っておきたい」
サディールの説明はそれだけだった。
「……心配ではないのですか?」
竜の翼を持つエリスは容易に肩を並べ、詳しい事情を求める。
「先代がいますからね。それに、その神は審判者を自称しているのでしょう? だったら、そう簡単に殺しはしないはず」
「だからといって、わたしたちだけで水鏡の観測者に会うのは……」
どうやら、エリスはそこが気にかかっている様子。
「それこそ、お嬢さんは興味を持っていませんよ。先代に関しても、あの人は結果さえわかればそれでいい人なんで」
抜け駆けするのに遠慮はいらないと、サディールは速度をあげる。
皮肉にも、余計な障害物がないおかげで進む道は明らか。
一行は驚異的な速さで大聖堂へと辿り着き、奥にある水鏡を目指す。
先導するのはサディール。
神帝懲罰機関の二人でさえ、水鏡がある間へは赴いたことがなかった。また、彼女たちにとってここは特別な場所なのか、緊張した様子を隠せずにいる。
ニケは律儀に
「山を背に建てられているのは、こういう事情があったからです」
サディールは迷うことなく直進して、祭壇の裏に隠された通路を案内する。
そうして、山の中へと入っていき――
「……ここが?」
「水鏡の間?」
エリスとユノが気圧されたように漏らす。
ニケとペドフィも言葉にしなかったが、幻想的な場に呑まれていた。
「ご覧の通りです。滝があって、水辺がある。もっとも、それが何処から湧き出て、何処に流れているかは不明ですけどね」
ここはまったく変わっていないと、サディールは感心する。
崖に至るような一本道。
せいぜい、三人程度しか並べない狭さなのに、柵のような代物はない。
その下には深さを見通せない水源があり、落ちてしまえば死を覚悟させるほどの奈落を感じさせた。
奥に目をやると、滝が見える。
だが、水音は何故か聞こえてこない。
そして、この道の終点には一人の女性が立っていた。
神帝懲罰機関の祭服に身を包んで、こちらに背中を向けている。
明かりらしいモノは見当たらないものの、水がきらきらと光っていて歩くのに危険はなかった。
「お初にお目にかかります、ナターシャさん」
サディールはその背中に声をかけ、
「その髪と目。そうか……。そなたが救国の英雄、サディール・レイピストか」
水鏡の観測者はゆっくりと振り返った。
「いや、今となってはサディストと呼ぶべきかな?」
肩に触れるほどの髪は毛先がしっかりとカールされ、艶やかな印象。
またピンクゴールドの変わった髪色が周囲の水明かりに照らされて、不思議な印象を演出していた。
「どちらでも構いませんよ。それと殺戮の英雄、ペドフィ・レイピスト。あなた方が言うところのペドフィストもいます。あとは……」
サディールが言う前に、
「ユノとエリス。王国騎士団の方は済まぬが、存じあげん」
水鏡の観測者――ナターシャは答えた。
「ニケさんですよ。しかし、意外ですね。あなたのような方が、部下の名前を憶えているなんて」
顔を拝見する限り、年の頃は四十に届かないといったところ。
ただ、声は老婆のように衰え、ヘーゼルの瞳に輝きは見当たらない。
「ユノはマテリアと並ぶ、
「それで記憶していたと」
「あぁ、そうだ。……まさか、ここで顔を見るとは思ってもいなかったがな」
サディールが先頭、その後ろにエリスとユノ。ペドフィとニケは少し離れて、周囲を警戒しながら耳を傾けている。
「で、何用だ? 聖域にこうも大勢で押し掛けるとは、随分と無粋ではないか。しかも、穢れた魔の匂いもする」
そう言いつつも、ナターシャは目敏くエリスを射抜いていた。
「答え合わせですよ。神職者たる者、迷える子羊の質問に答えるのも務めの一つですよね?」
「お主のような子羊がいてたまるか。だが、そうだな。若輩者を指導するのも、年長者の務めに違いない」
そうして、質疑応答が始まる。
エリスやユノにも訊きたいことはあったが、この空気では我慢するしかなかった。
まさか、サディールがこんな風に切り出すとは思わなかったし、ナターシャが応じたのも意外である。
「最初の質問ですが、あなたは人間ですか?」
「いかにも。だから、年を取ってしまった」
「では、転生を信じますか?」
「もちろん、だとも」
「堕ちた天使。少女の翼と呼ばれていた存在をご存知ですか?」
「あぁ、よく知っている」
ここで、サディールは確信する。
一方、人間三人には理解不能な展開だった。
「あなたは何代目ですか?」
「お主たちと同じだ」
不謹慎にも、サディールは楽しくなってきた。
相手は本当に賢くて、こちらが仲間たちに内密にしていることまで汲んで、答えてくれる。
「私たちの中で、誰が怖いですか?」
「初代レイピスト。レヴァ・ワンを持ったアレとは、戦う気にもなれなかった」
「だから、今回は手が込んでいたと?」
「そうだ。だが、それだけではない。私は必ずしも、この立場にいたわけではいのだよ。悲しくも、確かな知識が役に立たない時代もあったからね」
本当に歯痒そうに、ナターシャは零した。
「心中、お察しいたします」
心の底から、サディールは口にする。
「――あなたがすべてを仕組んだのですか?」
意図が掴めない会話に痺れを切らせてか、エリスが問いただした。
「すべて、とは?」
年齢に見合わない仕草でナターシャは首を傾げる。
「聖都カギを滅ぼし、
エリスは怒りに呑まれることなく、冷静に言い返した。
「あぁ、そのことか。なら、いかにも私が仕組んだ」
「どうして、そんな酷いことを……!」
「エリスさん、落ちついてください。きっかけはこの人かもしれませんが、計画を企てたのはアレサにいた魔族たちなのですから」
「それでも、知っていて協力したのでしたら――」
エリスは言葉を呑み込む。
サディールもまた、驚いて口を噤む。
「くっ……くくく、そうか。そなたも気づいてなかったのか」
何故か、ナターシャは笑っていた。
それも堪えきれないといった具合に、声が漏れ出ている。
「まぁ、知恵を競い合う相手がいなかったのだから無理もないか」
そう補足しながらも、見下すようサディールに目をやった。
「それも――いや、全て私が企てたのだよ」
「馬鹿な。アレクトさんの記憶にあなたの姿はほとんどなかったはず。あの計画を立案したのはアレクトさんとエイルさ……!?」
その名を口にしようとした瞬間、理解の糸が繋がった。
サディールは自らの失態に気づき、片手で顔を覆う。
「気付いたか、サディスト。やはり、賢いな」
ナターシャは生徒を評価するよう口にした。
「エイルとやらは各地の伝承――歴史に強い興味を抱いていた。だからこそ、実に扱いやすかったよ」
「……そうですか。エイルさんは自分で伝承を見つけ紐解いたのではなく、あなたの手によって誘導されていたのですね」
その時代を知っている者が遺したとなれば、エイルに真偽の区別がつくはずがない。
彼は都合よく操られているとも知らず、各地を回っては伝承を集め――そこから、計画を導き出したのだ。
「そうだ。して、私が何処まで必要としたかはわかるか? ある意味、お主の弁も間違っていない。あの者たちは幾つかの点において、私の思惑に沿わない行動をしていたからな」
奇しくも、サディールは指導を受ける羽目となる。
そして、ここまで複雑怪奇となると他の者たちに口を挟む隙はなかった。