第18話 ごみクズのように
文字数 1,895文字
どう見ても、ただの人間。
しかも、まだ子供と呼んで差し支えない上に女である。
結果、反射的に見下してしまい、報告を忘れた。一人は敵を確認次第、すぐさま離脱する予定だったのに、誰も動こうともしない。
――今ここで離れたら、せっかくのお楽しみを見逃してしまう。
そんな下心の所為で、魔族たちは命を落とす羽目となる。
まず、先頭にいた一人。奇声をあげながら剣を両手で振りかぶり、落とす。
その狙いは威嚇と相手の動きを止めること。
大声を出して、大きな剣を振りかぶれば少女がビビると判断した次第である。
どう考えても、この攻撃は防げない。体格の差は一目瞭然だし、状況的にもあり得ないだろう。
――だからこそ、不意を衝かれた。
大人の男が渾身の力で振り下ろした剣を、華奢な少女が防ぐなんて――あり得ない手応えと同時に、男の身体が倒れる。
立ち方を忘れてしまったかのように突然、重心が保てなくなり……。
男は自分の大事なモノが、切り裂かれたことに気づく。
そして、激痛。
男は武器すら手放し、反射的に股間を両手で抑え込む。視線は引き裂かれた大切なモノを追いかけ――女の足が、無残にも踏みつぶした。
既に自分から離れていたにもかかわらず、男は何故か更なる痛みを覚えて叫ぶ。
「――うるさい」
冷めた女の声と共に、男の首が飛んだ。
それを見て、後続の五人は警戒を強めるも遅い。
そもそも、彼らは状況を理解できていなかった。
奇襲を受けた時はまだ余裕があったが、光もないのに明るくなった時点で、冷静さは消えてなくなっていた。
とどめに、襲撃者が子供で女。
しかも、見たこともない装備で攻撃の予測もつかない。
すべてを飲み込む闇の装束。
見るだけで畏怖を覚える漆黒。
女はそこから水をすくいとるかのように手をやり、不安定な闇が襲い掛かる。
軽く手を振るったと思ったら、闇が迫ってきた。鞭のようにしなり――処刑刀さながら、一人の首を切り落とす。
それにより、近づかなければマズいと接近を試みた男は絶望する。
女は振りかぶっていた。受ける気にも避ける気にもならないほどの巨大な剣を――そうして、一人は縦に両断された。
瞬く間に、六人の内の半分が死んだ。
ここにきて敵の数が少なく、弱いと判断したのが間違いだったと魔族たちは気付く。
少なくとも、後者に関しては大間違いだったと。
――だが、それならどうして闇に乗じて遠距離から奇襲を仕掛けた?
時間さえあれば、彼らはその答えを見つけることができただろう。
大剣を振りしきったばかりなのに、女は止まることを知らなかった。
闇は二つに分かれ、双剣となって二人の身体を切り裂く。と同時に投擲し、最後の一人を仕留めた。
後半の三人は即死ではなかったものの、精神のほうは致命的だった。
自分たちが斬られたのではなく、喰われたと理解したからだろう。
女の纏った闇から六本の触手が伸びる。目的は訊くまでもなかった。魔族たちは悲鳴をあげるも、女は止めてくれなかった。
ただ、とても哀しそうな顔をしていた。
それがまた、魔族たちを恐怖に陥れる。
人間に殺されるなら、ごみクズのように殺されるほうが良かった。
だって、種族が違うから。絶対にわかり合えないから――そう、あの方たちは言っていたのだ。
だからこそ、自分たちは人間を襲った。これまで人間として生きてきたくせして、人間を殺した。
それも無残に頭まで潰して。
その上、女たちを攫って――
楽しんだ
。そう、自分たちは楽しんだ。
犯したのではなく、ただただ――楽しんだ。
そのことを教えてやったら、目の前の女の気も変わるかもしれない。哀れみなど覚えず、冷めた目で殺してくれるかもしれない。
もしくは怒りのまま、衝動に任せて殺してくれるかもしれない。
「はっ、はは……っ、残念だ。あいつらのように、あんたで楽しめなくて」
だから、精いっぱいの虚勢を張る。他の二人も同じだったのか、口元を無理に釣り上げて下卑た笑いを浮かべる。
だけど、無駄だった。
女は最後まで表情を変えなかった。
今にも泣きだしそうな顔で、少女のまま六人の命を喰らった。
それもそのはず――
魔族たちには知る由もなかったが、彼女は自分自身を哀れんでいたのだから――
変わることがないのは当然のことであった。