第101話 女には向かない戦い
文字数 3,910文字
人型とはいえ、魔人は膝から下が炎。
その足さばきは片影すら読むことができず、要所要所でペドフィを追い込め、また危機を脱していた。
対して、ペドフィは武器が変幻自在。
状況に応じて闇は形を変えるので、近接戦闘においては非常に万能であった。
時折り、魔人は雷の髪を放出させるも、目くらましか足止めにしかなっていない。
「所詮、人の真似事か」
その都度、ペドフィは嫌味を飛ばす。
そうして、再び剣の応酬が始まり、膠着状態が続く。
「……」
上空からエリスは見下ろし、隙を伺う。
確実に、魔人がこちらを気にかける回数は減っていた。ムキになっているのか、それとも余裕がないのか。
ネレイドの身体を使っていた時と違って、ペドフィの戦い方は人間らしかった。
それも強いのではなく、実に巧いと思わせてくれる。彼の闇は既存の武器の枠組みを越え、様々な形でもって魔人に襲い掛かっていた。
ハサミ、三日月、輪っか、円錐、球体などなど。正直、用途を疑うようなモノもあるが、確実に相手の動きを躊躇わせた。
つまり、ペドフィが主導権を握っている。
魔術が通用しなくとも取れる手段はあるはずなのに、魔人は剣に拘っているように見えた。
しかし、剣で相手をするにはペドフィの攻撃は多彩に過ぎる。
次第に魔人は攻撃を待てなくなり、ひたすら攻め続けるようになった。あの手この手と、武器を変えさせる間を与えないつもりであろう。
そして、それは上手く行っていた。
上手くいっていたからこそ、隙ができた。
自分の想定通りに事が進んだ時――それこそが、致命的な瞬間となる。
獲物を定めた猛禽のように、エリスは標的に向かって爪を立てた。その手で更に氷の大剣を握って、襲い掛かる。
魔人は未だ、気づいていない。
完全に見落としているか、思い違いをしているかのどちらかであろう。
果たして、その答えは後者だったようだ。
「――馬鹿なっ!?」
奇襲に気づいた魔人はペドフィを見て、そう口走った。
実際、その驚きは正しい反応に違いない。
何故なら、大剣の軌道はペドフィにまで及ぶ勢い――容赦なく、振り落とされた。
それまで剣を握って攻め立てていたからか、魔人はそれを掲げて防ぐ。
結果、がら空きとなった胴体に黒い刃を突き立てられ――次いで、地上に降り立った竜の爪に首を刈り取られた。
「実に人間らしい反応だったぜ」
褒めているのか皮肉なのか、判断付かない言葉をペドフィは送る。
「謝罪は必要ですか?」
澄ました顔でエリスが言う。
「別に。あの程度、当たったところでどうってことはない」
ペドフィは分かれた魔人の身体と頭を闇に食わせながら、返答した。
「けど、もし剣で防いでくれなかったらどうする気だったんだ?」
「魔人は剣に拘っている様子でしたので。それに魔術で応戦されていたとしても、結果は変わりません」
その時は、氷の大剣を防御に使って単純な二対一。
あの状況なら、力押しでも充分だった。
「ちゃっかり、おれを使うとは。さすが、神帝懲罰機関といったところか……実に女らしい」
「そう、ですか?」
付け加えられた言葉に納得がいかないのか、エリスは怪訝な顔を浮かべる。
「あぁ、そうだ」
仮にもエリスが受け持った相手だから、トドメを譲ろうとペドフィは足止めを申し出たのだが、余計な配慮だったようだ。
「男の意地とかプライドとか、わからないだろう?」
「えぇ、まぁ……」
当たり前なことを訊かれて、エリスは釈然としない様子。
「おれたちも城へ行くか。たぶん、ネレイドとサディールも終わっている」
ここに来るまでの状況を簡単に説明しながら、ペドフィたちは城へと向かう。
「他所に気を配る余裕はありませんでしたが、ユノさんとニケさんは大丈夫でしょうか?」
「さてな。おれも城のほうは知らない」
また、興味もなかった。
「ただ、派手な魔力や破壊の気配は感じなかったな」
「……そうですか。竜も、城からは何も感じないそうです。恐ろしいくらいに、何も……」
内なる竜と話しているのか、エリスは心あらずといったところ。
街の中央部分は建物も無事なので、面倒くさい道を歩きながら二人は城へと辿り着いた。
十字を模した建物。
その中でも、そびえ立つ高さと青い外壁の中心部へと進む。
そうして
「やっと来たな」
羽虫型の初代に出迎えられた。
「何があったんだ?」
他にも、全員が揃っていた。
ただ、雰囲気は暗い。
よく見ると、誰もが殴られたように頬が赤かった。
「どうもこうもねぇよ。城の中に厄介な奴がいて、入れねぇんだ」
「これだけ揃ってですか?」
驚いたエリスが問い、全員が揃って首を縦に振る。中でも、ニケとユノの二人は傷が酷かった。
だが、こちらの傷もいわゆる打撲に過ぎない。
「この中では、魔力が一切使えないのです。面白いことに、封じられるのではなくて単純に」
説明するサディールは、どこかしらくたびれて見えた。
「レヴァ・ワンがなんの反応も見せないところからして、城の中の結界は聖なる力によるものでしょう。おそらく、竜が封じられていた湖のような代物かと」
竜殺しならぬ、魔殺し。
「ただ、こちらは出入り自由。試すつもりはありませんが、外から魔術で破壊することも可能だとは思います」
「けど、中で魔力は使えない?」
「えぇ、その通りです。更に言えば、剣などの武器で相手を傷つけることもできません」
「それはどういう意味で?」
「言葉通りですよ。刺しても斬っても血がでないんです。もっとも、衝撃は受けるので痛みは与えられます」
サディールとエリスの会話が終わるや否や、
「で、アイズラズペクトに話を聞きたい」
初代が単刀直入に求めた。
「聖なる力か……懐かしい」
内なる竜は小さき姿を見せるなり、その第一声。
そのまま確かめるように城の中に飛んで行き、
「なるほど。確かに、動けぬ」
エリスがその身体を抱えて、出してやる。
「中の結界は二つある。一つは魔封じで、もう一つが流血封じ」
それでもわかったようで、竜が説明を始めた。
「魔封じと言ったが、正しくは停滞であろう。ゆえに我はこの形を保てたが、動くことはかなわなかった」
「オレも大剣のまま入ったら、そのままだった」
「つまり、武器を象って入ることはできると?」
「左様。だが、停滞した魔力は素手にも劣る」
打つ手なしと言わんばかりに、サディールは肩を竦めた。
「私は駄目です。ここはもう、ペドフィ君とニケさんに任せます」
「その人選はなんだ?」
ペドフィが文句を付けると、
「オレの持論だ」
意外な提案者が名乗り出た。
「殺し合いと殴り合いはまったくの別物なんだよ。で、オレの知る限り殺し合いが得意な女はいても、殴り合いが得意な女はいない」
実際にそうなのか、殴られたであろうネレイドとユノはやけにしおらしかった。
「殺されかけても平気で抵抗する女ですら、拳で殴られると何故か大人しくなる。こればっかりは、もって生まれた性質だろうな」
「この中に入るには、殴り合いで何者かを倒さないといけないのか?」
「そういうこった」
それを聞いて、ペドフィは先ほどの人選に納得する。
「まぁ、鈍器としてなら武器も使えるけどな。それに試してないが、オレが嬢ちゃんの身体を使えたらオレも戦える」
「あんたがネレイドの身体を使って戦う? それは無理と言うんだ」
かつて身体を預けた身からすれば、論外であった。
「雑魚やゴミをあしらうならまだしも、女の身体で戦ったら壊れるぞ」
「ペドフィだって、身体は女じゃねぇか。鍛えられているぶん、嬢ちゃんよりマシだろうが」
「それなら、わたしも戦えます」
エリスも立候補し、
「だから、殴り合いと殺し合いは別なんだって」
初代が無理無理無理、と子供みたいに連発する。
「あなたの発言を疑っているのではありません。けど、ようは相手の攻撃を受けなければいいだけでしょう?」
「今のところ、敵は屈強な人型が三体。それに、あの攻撃をかわし続けるのは難しいと思うぞ」
「一人だとそうでしょうが、数がいればどうですか? 正面からの殴り合いは無理でも、不意打ちくらいはできるはずです」
「それくらいなら、できなくもありませんが」
サディールが嫌そうに答える。
「私たちの攻撃が通用するとも思えませんよ」
そう言う意味では、流血封じも厄介であった。非力な人間だと、敵を倒す以前に痛手を与えることすら難しい。
もちろん、鞭やそれに通じる連接武器なら有効かもしれないが、それらは使い手に相応の技術が求められる。
「それでも、敵の意識や体勢を崩すことはできると思います」
エリスはしっかりと考えて上で発言した。
連続した技は無理でも、一撃だけなら充分に仕込めるはず。
「……おまえらができるっているんなら、別に構わないが」
初代も熟考した上で折れた。
今まであれだけ滅茶苦茶なことをやらせておいて、女性の殴り合いは歓迎しないなんて、意外なところで紳士である。
そう思うとエリスはおかしくなって、つい頬が緩むのを止めらずにいた。
「えぇ。大丈夫ですよ」