第34話 恐るべきルフィーア
文字数 3,084文字
そして三日後の昼頃、やっとルフィーアの街の外壁が見えるようになった。
「それで、今度はどうするんですか?」
ネレイドは丸投げする。作戦に文句を言うつもりはあっても、立案する気はまったくなかった。
「とりあえずは偵察です」
便利なもので、サディールは羽虫となって飛んでいく。
「そういえば、私も飛ぼうと思えば飛べるんですよね?」
ふと、気になったので訊いてみる。
「あぁ、飛べるぞ。けど、あまりお勧めはしない」
初代の言い草からして、飛ぶこと自体は簡単そうだった。
「どうしてですか?」
「魔力の力で移動するしかなくなるからだ。感知能力に長けた敵がいたら、狙い撃ちにされる」
「そっか。たとえ背中に羽を付けたとしても、鳥みたいに飛べるわけじゃないんだ」
「馬鹿でかい羽を付ければいけるかもしれないが、そうなると今度は羽を傷つけられただけで墜落するだろうな」
「でもそれって戦闘中の話ですよね? 移動だけだったら?」
「すぐに『餌』を食わせてやれるならな。散々魔力を使わせといて何もなしじゃ、色々と面倒だぞ」
せっかく楽に移動できると思ったのに、最後にどうしようもない難関が立ち塞
がっていた。
「まっ、問答無用で特攻するつもりなら、最後の一日くらいは飛んでもいいぜ」
「……遠慮しておきます」
「それが賢明だ。それに嬢ちゃんが飛ぶと、下から丸見えになるからな」
中々、思うようにはいかない。これでは、作戦を立案する気になれるはずがなかった。
「どれだけ強大な魔力を持っていようとも、結局は本人の想像力と集中力に委ねられる。だから、オレは剣を振って飛ばすくらいしかできん」
「つまり、魔術が使えないんですか?」
「いや、いわゆる
実際のエネルギーや物質に魔力を注ぎ込んで、強化したり操作する技術。
逆に、ゼロからエネルギーや物質を生み出すのは
ネレイドはここまでの道中、サディールから講習を受けていた。
「たぶんだが、生まれ育った環境の問題が大きい。オレにとっては目の前にあるものが全てだったから、空想する余裕なんてなかった。けど、サディールは安全な場所で管理されていたからな」
きっと色々なことを想像して、退屈を紛らわせていたに違いない。加え、教会の教えで神を始め、目に見えないモノに価値を見出し、信じることが身についていた。
「信じる心かぁ」
子供の頃は空想を楽しむことができたけど、今となっては難しかった。それにレヴァ・ワンを使う以上、制約も大きい。
「私の髪には魔力が帯びているんですよね?」
「あぁ。だが、一番は血だ」
「じゃぁ、私の血でもこのコは満足します?」
「するだろうが、止めておけ。それでその馬鹿が、持ち主の魔力を食べていいって勘違いしたら死ぬぞ」
「躾けられないですか?」
「試すんなら、命を賭けることになるな」
「もう、このお馬鹿さんは……」
首からぶら下げた黒いロザリオ――レヴァ・ワンを軽く叩く。別に具現化しておく必要はないけど、やはり目に見える状態にしておいたほうが安心できる。
「――お待たせしました」
と、サディールが帰ってきた。
「ところで、お嬢さん。あの、ルフィーアの街がどういう街なのかご存知ですか?」
「えーと、私は知らないです。ただ、男なら一度は行くべき街だって、商人の方がピエールたちに話しているのを聞いたことはあります」
「そりゃぁ、男なら一度は行きたいでしょうよ。まさか平和な世界で、あのような女性があれほど存在するとは……」
信じられないことに、サディールは狼狽えているようだった。
「いや、それよりもあのような男性が存在することに驚きです」
「何を一人で納得してやがる。で、中はどうなってんだ?」
初代に急かされ、
「あぁ、すみません。あまりに衝撃的な光景でしたので」
やっと本題に入る。
「結論から言いますと、魔族の脅威はありません。中にいるにはいるのですが、全員が無力化されています」
「まさか、神帝懲罰機関か?」
「いえ、教会の影は微塵もありません。どうやら、あの街には最初から教会というものが存在していないようです」
「街に教会がない? 今の時代だと、あり得るのか?」
ネレイドは首を振る。
村ですら、祈りの場として教会は設置されていた。
「今思えば、街の名前で気づくべきでした。ルフィーア……きっと、彼女のことに違いありません」
「誰だよ? 同じ名前なだけじゃねぇか?」
何百年経っていると思っているんだ、と初代が正論を述べる。
「普通の街でしたら、私だってそう思いますよ。ですが、ですがっ!」
混乱しているのか、本物の羽虫みたいにサディールはぶんぶんと周囲を飛び回る。
「あの、それでルフィーアさんって誰なんですか?」
これまでとは別の意味で鬱陶しくて、ネレイドは続きを求めた。
「あぁ、そうでしたね。ルフィーアは私の初めての女性で、いわゆる筆おろしをしてくれた人です」
「……はぃ?」
それがどうした? という感想しかでてこない。
「おぃ、待て。だとしたら、そいつは教会の人間だろう?」
対して、初代はそこから意味を見出してた。
これが知能の差か……と、ネレイドは勝手に落ち込む。
「えぇ、そうでしたよ。破門されるまでは」
「つまり、魔女か。いったい、何をしでかしたんだ?」
「私と同じことですよ。捕虜の中には男性もいましたから」
「そいつは……とんでもない女だな。おまえと一緒ってことは様々な道具で傷つけ、犯したってことだろ?」
ネレイドの思考はそこで止まった。
「あの、女性が犯すって……?」
意味がわからず、つい訊いてしまう。
「あぁ、お嬢さんは犯される女性しか見ていないから想像ができないんですね」
「女だって快楽を得る。つか、気持ちよくなかったら子供なんて作らないだろ?」
「……嘘? 女性は子供が欲しいから、あんな行為を受け入れるんじゃ?」
頭を殴られたかのような衝撃を受け、少女はその場に崩れ落ちる。
「それは誤解です。お互いに楽しくて気持ちいいから、あのような行為が行われるのです。そして、あれこそが真に愛し合うということ」
目に見えて取り乱したネレイドのおかげで、サディールが冷静になる。
「教会の奇麗ごとなんざ、どうでもいい。さっさと話を続けろ」
「お嬢さんがこんな状態なのに?」
ネレイドは両膝と両手を地面に付いて、何やらぶつくさ呟いていた。
「本人に自覚はないでしょうが、実に挿れたくなる体勢ですね」
「確かに挿れやすそうだが……って、話を逸らすな」
「いえ、お嬢さんが反応するかどうかの確認です。実を言うと、中は凄いことになっていますからね。お嬢さんを入れていいものかどうか、悩んでいるんです」
これまでの話で推測はできたものの、
「街の女たちによって、魔族が玩具にされてんのか?」
信じられないといった具合で初代は口にする。
「えぇ。しかも……」
自分が目にした光景を疑いたいのか、
「それで喜んでいる男性がいたんです……驚きでしょう?」
二代目もまた同じ抑揚で語り、
「そいつは……驚きだな」
かつてないほど、初代を戦慄させた。